駅のホーム山羊達。

「kokokokokoko」
 お昼時の太陽の光がとても良く差しこんでくる駅のホームで、少しでも気を緩めれば日向ぼっこを初めてしまいそうな気分に浸っていた山羊之山羊は、右耳から入り込んできた唐突の叫びに度肝を抜かれました。
「なんだ、どうした?」山羊之山羊は首を左に回転させ、右にいる夕焼け山羊に訊ねた。すると、なんてことのない顔をしている夕焼け山羊は、まさにキツツキのように,自分の頭を前方に小刻みに揺らすと、そのまま「めぇ」と短く鳴いてみせました。
 山羊之山羊にはその行為が、挑発のようなものに見えて仕方がありませんでした。夕焼け山羊は顔では本当になんてことのないふうを装っていますが、そのキツツキのような顔の動かし方と鳴き声には「お前のその丸太みてぇな太い体、突いてやるぜ」という宣戦布告のような意図を感じ、さらにそれらをし終えた後の、最後の山羊らしい鳴き声には、「ほら、対抗してみろよ。山羊らしく、な」という、まさに挑発的な態度を感じました。
「kokokokokoko」山羊之山羊が脳内の思考をし、その際のポカンとした、顔の全ての筋肉から力を抜いた顔。そんな顔を見ていることに飽きを感じたのか、夕焼け山羊は再びキツツキのように鳴いてみせました。
「!」山羊之山羊はその、山羊として、とても頭にくるその鳴き声に、目をカッと見開いて反応して見せました。
 それから始まった、山羊之山羊と夕焼け山羊による睨み合いには、この世のすべての知能をも凌駕するほどの凄まじい力が働きました。二頭の山羊の丸く黒く光の無い、ブラックホールのような眼球から放たれる電撃のような目線。それが二頭らの間にある空間の、ちょうど真ん中辺りで激しくぶつかると、線香花火のようにバチバチと音が鳴り、火の粉が炭酸のように迸り、ホームのアスファルトに静かに落ちていきます。そうして幾つもの火の粉がホームへと落下していき、それによる本当に小さな波紋状の衝撃は、ホームに居るほかの人間や、やってくる電車に触れ、その肌や汚れた鉄の中へ入り込み、確かな熱をそこに残して消えていきます。そんな連鎖を引き起こしている二頭の山羊は、それから三日三晩の睨み合いの末に、ついに二頭の脳を集結することでアスファルトを美味しく食べる方法を見出しました。
「kokokokokoko」方法を見出した上で、その方法に関心の声を上げたのは夕焼け山羊のほうでした。
 しかしその声は、目の前にいる山羊之山羊にとっては挑発や宣戦布告と同義であるため、山羊之山羊は思い切ってそのまま、キツツキの真似事をする夕焼け山羊の眼球に噛みついてしまいました。
「んんっ!」
 山羊之山羊は痛みに暴れる夕焼け山羊の喉元をぎゅっと掴み、そのままホームから突き落としてやろうと、夕焼け山羊を線路の方に押していきました。
「やめろよぉ!」
 夕焼け山羊は喉を押さえられているにも関わらず、なぜかとても鮮明な声でそう言います。山羊之山羊はそんな夕焼け山羊にさらに苛立ちを感じ、より強く夕焼け山羊のことをホーム外へ押していきます。すると夕焼け山羊は、「kokokokokokokokokokokoko」と命乞いのように弱弱しく泣き叫びました。夕焼け山羊の今すぐにでも涙が出てきそうな顔には、本当にたすけてほしい、しんじゃうから。と言いたげな色が浮かんでいましたが、やはり山羊之山羊にそのキツツキのような連続した甲高い声は苛立ちの原因でしかなく、むしろさらに夕焼け山羊を押す力が強くなるだけでした。
「くたばれやぁぁぁぁっ!」
 山羊之山羊の、溶けたことでできた氷水の影響で味自体が薄まってしまったオレンジジュースのような、頼りなさのある声と共に、ダサい声と共に、夕焼け山羊はホームのアスファルトから脚を滑らせ、線路へと落ちてしまいました。
「畜生! どうして! どうしてこうなった!!」夕焼け山羊はわざとらしく言いますが、そんなつまらなさしかない戯言に、山羊之山羊はただ憐みの目を向けることしか、しませんでした。

 山羊之山羊が夕焼け山羊の死亡報告を耳にしたのは、駅でのやり取りがすでに過去の事件として記憶の隅に追いやられた時でした。
「ああ、そんなやつもいたね」個人の研究室でその報告を聞く山羊之山羊の脳裏には、夕焼け山羊のあの阿呆丸出しの顔がありました。
 同僚である夕暮れ山羊からの報告と、それのついでとして行われた、夕焼け山羊のが死亡した時間帯にどこにいたんだという個人的な問いには、その時たまたま持っていたちくわを添えつつ、「いやしらん」の一言で答えました。
「ほんとうかよ」
「同僚を疑うのか?」山羊之山羊はちくわを夕暮れ山羊の頬に擦り付けながら、ねっとりと言いました。
「いや、別にそうじゃねぇ、ただ」夕暮れ山羊はそこまで言うと、頬につけられたちくわを一口だけ食べ、「あいつは、兄弟だから」と、独り言のように言いました。
「兄弟ねぇ……」
「ああ、そしておまえは、同僚だろうが関係なしに、簡単に他者を殺せる。……いいか山羊之山羊、正直に言うがな、おれは夕焼けのヤツを殺したのはお前だと思ってるんだよ」
「でも証拠はない」山羊之山羊は表情も、実際の内心も至極穏やかでした。
「ああそうだ。だからこれ以上、ここでは問い詰めない。お前は口が良いから、下手をこけばこっちが犯人に仕立てあげられちまう。でも覚えておけ? おれは、おまえの弟殺しを永遠に覚えているからな」
 夕暮れ山羊ははそこまで言うと、食べかけだったちくわを全て食べきり、それから山羊之山羊に、ここ組織大学の合言葉である「山羊山羊」を言うと、山羊之山羊の研究室から出ていきました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?