二頭の山羊の、よくわからない言い合い。

「『肉か魚かって言うけれど、魚も肉だよな』って言った君は、いつだって青空の先に夕焼けを見ていたよね」
 吐き捨てるような気持ちの夕暮れ山羊は、近くでなるべく煙を出さないように工夫をしながら煙草を吸ってる山羊山山羊之山羊(やぎやまやぎのやぎ)に言いました。
「だって、昨日も柿を投げていただろう?」夕暮れ山羊はさらに言います。自慢げな顔をしている夕暮れ山羊に、その横から、とても早い拳が飛んできました。
 夕暮れ山羊の視界が白く塗り潰された事に、夕暮れ山羊自身が気づいたころにはもう手遅れで、右頬から全体に及ぶ熱い痛みは夕暮れ山羊を泣かせるほどでした。一メートルほどを宙を舞って飛んだ夕暮れ山羊は、その先で頬を両手で押さえながら、しかし治まる事のない痛みにめえめえと泣いていました。
 そんなみじめな姿の夕暮れ山羊に、それを見下ろしている山羊之山羊は短く言います。
「あまり調子に乗るなよ」
 夕暮れ山羊に敵意の目を向けている山羊之山羊は夕暮れ山羊に近づくと、がら空きになっている夕暮れ山羊のお腹に蹴りを入れました。鋭い針攻撃のような素晴らしい蹴りがドスドスと夕暮れ山羊のお腹で鳴ると、その度に夕暮れ山羊は、ううっと唸りました。その様子がなんだか面白いと感じた山羊之山羊は、さらに蹴りの速度を上げ、そのまま夕暮れ山羊の口から消化されていない、つまり胃の中にあった柿が出てくるまで蹴り続けました。
 そんな夏の、嫌らしい暑さが包む日中の出来事は、この二人の間に親友という関係性を築きました。

「ようよう、昨日のことだけどよう、明日よりもお酒がうまいのかあ? なあ、ぼくのなかにはさ、空よりも赤い世界ってやつが、どうしても届かない。一度寝てしまえば、何もない真っ暗な世界に行けるのに、なぜだかぼくはそれを拒んで、どうしてかいつまでも青いあの光を見ているんだ。さっさと寝てしまえば、早いところ、嗅ぎなれた臭いに包まれている布団に身を任せてしまえば良いのに、どうしてそんなに面倒なことをするんだ? ようよう、棒読みのラッパー、喇叭飲みをするのは酒でも炭酸でもなくて、苦い苦い珈琲。すきすき大好きなんだろう? もうそれしか飲めなくて、甘ったるいものを口にすると、なんだか気持ち悪いなって思ってしまうんだろう。悲しくなるよ。もう涙も無いけれど。別に枯れたとかではないけれど。なあ、なあなあなあ、よろしくやってるんだいかい? もうこの世界に希望なんて抱いていないくせに、どうしてそんなに、ちゃんとしようとするんだい?」
 楽しそうに口を動かしている山羊之山羊。
 そんな阿呆な顔に、今までの戯言をただ聞いていた夕暮れ山羊は自身が抱いた純粋な感情を言葉でぶちまけます。
「そうだ、そうさ、そうだった。僕らはくじけず、世界救ってきたじゃんか! 文学の世界は大変な世界。分別の正解は体操が相殺!!」叫ぶ夕暮れ山羊の脳裏には、それまで自分が組織にてやってきた行いの全てが、勢いの良い滝のように流れていました。
 感情が、まるで活発的な火山のように熱く煮えたぎっている夕暮れ山羊は、山羊之山羊の真っ黒い目を見てさらに続ける。
「だってぼくら、山羊だろう? 変わった世界で、支配的社会の下敷きとして生きている、路地裏とか、そういう雰囲気が似合う街とかでしか生きれない、山羊だろう?」
「山羊山羊ってかあ? 山羊山羊! 山羊山羊!」山羊之山羊は楽しそうだった。
「そうですねえ、まあ、ちくわって感じですかね……」夕暮れ山羊も楽しそうだった。
「はあ? おい、それって、ぼくらの組織に対する裏切りで良いですか? なあ、山羊山羊」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
「おいおい、山羊ってんなよ。ビビッてろって」
「嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ」
「まてまて、落ち着かなくていいから、とりあえずパフォーマンスは忘れるな。あと山羊も。自分が山羊であるということを、見失うな」
「わかった。なら語ろうか」
「なにっ?! よしなら、やってやれ!! お前の得意分野で、かましてやれい」
「先生を自称しているロッカーはいつだって、心の底に闇を持っている人間の元に現れて、その人間の相棒みたいに振る舞った。……例えば例えばこの前は、数多のヤクザから多額の借金しているロクデナシが、路地裏で雑巾みたいな身なりになって酔いつぶれていたところに高そな缶ビールを手土産に出向いて、一時間掛けての説得成功。結局ロクデナシはロクデナシとして、犯罪者的な一歩を踏み出す。その後は悪徳教師と手を組んで、夜に銀行に侵入、国宝の刀を窃盗、そして、ついには、世界を終わらせてやろうとした研究施設の爆破をやってのけた。いつしたロクデナシの顔つきも、それはそれは荒くれものに。ついには自身がかつて借金をしていたヤクザ組織の全て壊滅させた。組織を順番に壊す計画を、相模のロッカーと考えていた時、ロクデナシが、この計画は自分一人でやりたいって言い出した。その時さすがのロッカーも、少しだけは驚いた。えっ、て顔をしていた。それでもその後に轟音と炎に包まれた組織だったモノを見下しているロクデナシの背中を見ていたロッカーの目には、このロクデナシのことを本当に認めたという確信的な光があった。めえ」
「つまりはこの話を一本にまとめると、健康のためにちくわを食べていこうぜってことだ」
「……でも君にも輝いていた時期があったさ。その時の君は、とても山羊らしかったよ」
「そうなの? そうなの?」
「ああ…いや、らしいっていうか、いや、あの君は、山羊より山羊だったよ」
「山羊……」
「ああ、ああ、まさに君は、生きとし山羊生けるものって感じだね」
「なんだよ! なんだ、お前、お前お前お前……そうやって果実を潰していったんだろう?」

 組織大学に教授という地位で滞在している夕暮れ山羊と山羊之山羊は、親友になったり他人になったりするが、それはとてもよくある出来事である。

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