山羊は木から落ちませんが、山羊が山羊とは限りません。

 私は椅子に腰を落とし、目の前のテーブルに目を向けました。
 真っ白いテーブルの上にはペロペロキャンディーがありました。キャンディーの部分が手のひらほどの大きさをしたそれは、透明なフィルムに包まれていました。
「キャンディーか……」
 固形物ではないという事実に、ため息混じりな声が出ます。ゆっくりとまばたきをすると、今日一日で溜まったヘドロのような苦悩が、荒波を立てました。
 私は重い腕をなんとか動かして、ペロペロキャンディーを手に取ります。するとフィルムが擦れ、カサカサという音が鳴りました。そのまま棒の部分をフィルムの上から握り、全体を見回して、フィルムを止めているテープを探しました。テープはキャンディー部分にありました。キャンディー部分とはいっても、テーブルに置かれていた時に見えていた面とは反対側の、見えなかった面です。
 赤色のテープを視認した私は、それを躊躇なく取り外しました。ペリッ、とう短い音とともに取れたテープは私の親指にくっつきました。私はその親指をテーブルに擦り、テープをテーブルに貼り付けました。
 留め具的役割を担っていたものが無くなったフィルムは、実に簡単に取り外すことができました。カサカサ、カサカサという音が次第に鬱陶しくなってきましたが、鬱陶しさで発狂する前に、フィルムはペロペロキャンディーから完全に離れてくれました。
 フィルムという障害が無くなった本当のペロペロキャンディー。私はそれに噛みつきました。唇で加えたのではなく、しっかりと歯を立てて、噛み砕くつもりで噛みつきました。
 噛み砕くつもりなので、私は当たり前のように顎に力を入れ、キャンディーの内部に自身の歯を食い込ませようと試みます。
 しかし、そう上手くはいきませんでした。
「うっ……かたい……」
 キャンディーは私の思っていた以上に硬かったのです。いくら力を加えても歯がキャンディーを砕くことはなく、ただ歯や歯茎や顎に痛みが伝わっていくだけでした。次第に苛立ってきた私は顎に更に力を入れました、すると歯のほうから、ギチギチという軋むような音が鳴りました。
 私は慌ててペロペロキャンディーを口から離しました。そして噛んだ部分を見ました。口の中にあったその部分は唾液でテカテカにこそなっていましたが、歯型は一切ありませんでした。それを見た私はまず自分自身に失望しました。顎の力に特別な自信があったわけではありませんが、それでも自身の非力さに対し、そういう感情を感じざるを得ませんでした。しかし同時に、私は驚いていました。それはキャンディーの硬さに対してです。顎で感じた硬さから、歯型は付いてても薄っすら程度だろうと予想していましたが、結果は全く付いていませんでした。そんなキャンディーの硬さには、素直な驚きしか感じませんでした。
 ペロペロキャンディーを見つめながらテーブルに肘をつく私は、ふと、とある考えに至りました。それは、こんなに硬いものを人殺しの凶器として使用したらどうなるんだろう、という考えでした。こんなに硬いのだから、急所を狙えば人殺しも簡単に達成できる。こんなふうに考えを掘り下げていけばいくほど、私の脳は恐怖に支配されていきました。途端、手にあるペロペロキャンディーが恐ろしい物に見えてしまい、私は思わずそれを思いきりテーブルに投げつけてしまいました。その瞬間、さらに恐ろしいことが起こりました。なんとペロペロキャンディーは、テーブルを貫通して床に突き刺さったのです。大きな音を立てながらのその流れを見ていた私は強く戦慄し、震える脚で椅子から立ち上がりました。
 その時の私は、恐ろしい顔をしていたと思います。おそらく、怒鳴り声を上げながら私の体を殴ったり蹴ったりしてくるお母さんの顔と、ちょうど同じ顔をしていたに違いありません。全身が細胞から凍りついた感覚がありました。しかしそれは、実際には感覚ではありませんでした。息が止まるほどの戦慄に満ちた私の脳内には、私の中の細胞が凍る瞬間がはっきりと映し出されていたのでした。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?