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負け続けた二人の天才、千原と森田の人生〈テツ〉学

2022年1月、代官山蔦屋にてアートディレクターの千原徹也さん(れもんらいふ)とお笑い芸人の森田哲矢さん(さらば青春の光)によるトークショーが開催された。

二人の出会いは、『今日からやる会議』(テレビ東京)での共演。二人ともプレイヤーでありながら経営者、負け続けてきた過去、さらには名前が「てつや」という共通点を持つ。

当イベントは、千原徹也さんの初エッセイ『これはデザインではない「勝てない」僕の人生〈徹〉学』の出版記念として開かれ、本書を軸に互いの発想、表現、経営などの考え方について二人は語り合った。

負け続けた天才

れもんらいふ代表 千原徹也さん

森田
元から天才なんやと思っていたので、千原さんの本を読んで安心しました。意外と、下積み長かったんですね。落ちこぼれというか、負けてきたというか。親近感が湧きました。

千原
うれしいです。
どうも“大した苦労もせず、順風満帆でなんとなくここまで来た”みたいな空気感があるみたいで。苦労話を口にすると、どこか押しつけがましくなるので、これまでなかなか話す機会がなく。

当初、出版社(CCC)からお話をいただいた時に「仕事のさばき方」というテーマだったんです。効率良くこなしていると思われているのかもしれないですが、全然仕事さばけてないんですよ(笑)。だから、「生い立ちからの本の方がおもしろいんじゃないか」と。

森田
その金髪も“カマシ”やったってことですよね。相手に何も言わせないための演出のような役割として。

その日、髪を金色に染めた。

家に帰って何度も鏡を見た。なんだか、笑いが込み上げてきた。自分を見る目が変わった。自信とパワーに満ちあふれた。まるで、魔法のマントをまとったような気分になった。
それは、「何をやってもダメな僕」から解放された瞬間だったのかもしれない。

プレゼンテーションは、うまくいった。

『これはデザインではない』P48~

千原
はい、そもそもがビビリですからね。金髪じゃなければ、多分この場所でも緊張して話せてないと思います(笑)

森田
そういうことを含めて、人間味のある人やなって思ったんです。

千原
森田さんは負け続けてきました?

森田
負け続けです。わかりやすく言えば、賞レース。キングオブコント(KOC)の決勝戦に6回出場して、6回とも負けている。

千原
その時、どうやってコンディションを整えてました?

森田
ふてくされてましたね(笑)。僕はね、そんなできた人間じゃないんですよ。KOCって、毎年優勝者以外幸せじゃないんです。打ち上げに参加しても楽しくない。チャンピオンは記者会見で大忙し、打ち上げ会場は敗者の吹き溜まり。全員がやけ酒みたいな感じで、そもそも盛り上がらない。

「また一年か…」と。

だから、打ち上げ後にタクシーチケットもらえるんですけど、それを使ってなるべく遠回りして帰宅します。テレビ局に少しでもダメージを与えたいので(笑)。寝て起きて、「また今日からがんばろう」でいいんじゃないですか。

千原
一年やってきたことの切り替えって難しいですよね。

森田
マジで難しいですね。しばらく胸に残りますからね。切り替え方というのは、僕にはなくて、底まで落ち込んだり、周りのせいにしてみたり。そうやって一旦我慢せずにふてくされるようにしています。

千原
僕も負け続けてきた人生ですから。ずっと「勝てない」と思っていたので、反対に負けることに慣れていた。「どうせ僕はそういう人だから」という感じで。

森田
それって今もある感情ですか?

千原
ありますね。プレゼンで負けたりすると、そのマインドが蘇ってくる。ただ、負け続けてきたことを本に書ける。その過去たちもプラスにしていかなくちゃいけないねって思います。

価格と価値

さらば青春の光 森田哲矢さん

千原
経営をしていると、単純におもしろいことをやるだけじゃなく、お金のことも考えなきゃいけないプレッシャーがあるじゃないですか?

森田
「儲からん時は、儲からん」という考え方やから、そこまでプレッシャーはないですよ。極端な話、月20万円あれば食っていける。そう考えれば、お金のことはそれほど考えなくてもいい。もちろん、今はそれ以上のお給料をもらえていますが。

結局、おもろいことやっていたらお金は後からついてくるんじゃないですかね。おもろいことやったり、楽しそうにしていると、周りに人が寄ってくる。人が寄ってくるということは、お金も寄ってくる。そういう考え方です。

千原
そこは僕も同じです。お金よりもおもしろいことをやれているかどうかの方が重要で、お金に重心を置き過ぎると人が離れていくんじゃないかと思うんですよ。

森田
とはいえ、YouTubeの収益毎日見ますけど(笑)。

千原
YouTubeってリアルですよね。再生回数でおおよそのお金の動きが見えるじゃないですか。反対に、森田さんのテレビ番組のギャラは誰も想像つかないですよね。

森田
そうですね。
ギャラの話で言うと、テレビで飯を食おうという考えは全くないですね。結局、テレビ出演は知名度による信頼を獲得するためなのかもしれません。テレビに出ているから、二次的にウェブ系の広告などのオファーをいただけたり。プロモーション的な考え方が強いかもしれません。

ぶっちゃけ、デザインって儲かるんですか?

千原
本音で答えると、デザイナーを志す人は減ると思うんですけど、全然儲からないです。

森田
それは、デザイン業界自体が儲からないということですか?

千原
そうですね。常にそこをあがいている感じで。
真面目な話、仕組みとして、大きな会社があり、社長や役員の人が「新商品を作りましょう」と言って、下の人たちに「何か考えなさい」という流れになる。ある程度「こんな商品を作りましょう」となった段階で、電通や博報堂などの大手広告代理店に依頼する。上流から仲介料が引かれてゆき、具体的なデザインの依頼が来た時には、既に下流なので予算も残っていないんです。

森田
俺からしたら、「こんなにすごいデザインした人は億稼いでくれないと割に合わんよな」と思いますけどね。だって、最初のインパクトは“商品”の前に“デザイン”じゃないですか。

デザインを見て、「買ってみようか」と行動が促されるわけですよね。そう考えたら、作る時と買う時って逆ですよね。作る時は、商品開発して、売り方を考えて、最後にデザインを考える。買う時は、デザインから入って、パッケージを開けて中身を確認する。だから、価値も逆であってもいいはずですよね。

千原
チョコレートなどは、パッケージビジネスと言いますか、デザインの力は大きいですよね。風味ももちろん大事ですが、人にプレゼントする時は、かわいいパッケージなども含めて選びますよね。“デザイン”って、本当はパワーがあるんです。だから、その点でも僕たちデザインの人たちが役立っていることを、常に発信していかなくてはいけない。

例えば、デザインだけを依頼されるよりも、商品開発の段階で声をかけてもらえればもっとおもしろいことを考えることができる。コンセプトやネーミングから一緒につくっていけると、幅も可能性も広がります。

上流地点で依頼される仕事になると、デザインも仕事としての価値が上がってくる。そういう意味でも、ラジオやテレビなどメディアに積極的に出て行ったり、こうやって本を書いたりすることがデザインの価値を高めることにつながればと思っています。

発想と創造

森田
どこまでの要求があった方がデザインは作りやすいんですか?
例えば、(目の前に置かれた)この水の入ったペットボトルのデザインを依頼されたとして。何も縛りがない方がいいのか、あるいは「青ベースはマストで」とかの要求があった方がいいのか。

千原
何もない方がいいですね。形が決まっている時点で、アイデンティティを持っていることになる。だから、何の制約もない方が手がける箇所が多いのでおもしろいんです。「青ベースで」と言われた時点で、「青」は自分で考えていないことになる。その分、おもしろい領域は減っていて。「パッケージから、フォルムから、水を売るためのアイデアを下さい」の方がいいですね。

森田
着想はどこから?

千原
最初はネーミングとロゴ。それが決まれば、方向性が見えてきます。クライアントのイメージも、僕たちデザイナーのイメージも、全員が「こういう感じか」と共有できる。共通認識のためにそこからはじめます。

ただ、その前に考えるべきことがあって。僕たちは「まず水が必要かどうか考えよう」からはじめます。「世の中的に、本当に売る必要があるのか」というところから。

森田
その答え次第では依頼を断ることもあるんですか?

千原
あります。
例えば、CDジャケット。今、時代的に配信が主流となっていることもあり、制作予算が削られています。レコードのサイズだとデザイン性は必要なのですが、配信だと「アーティストの顔写真だけでいいです」と言われたりする。そうなると、CDジャケットの中でやれることがあまりないんです。

よくあるのが、新人アーティストをデビューさせる時に、担当の人が「新人なので予算がないんです」と言ってくる。それがカチンとくる。そのスタンスで、アーティストを売りたいということ自体がおかしい。“デビューさせる”ということは、事務所はそのアーティストに期待をかけているわけですよね。そうであるなら、ある程度予算を投じて売っていく心構えがチームとしてないと、誰も幸せにならないと思うんです。

だから、「デビューさせなくていいんじゃないですか?」と言う時もあります。

森田
そこまで踏み込んだことを言うんですね(笑)。その人たち、事務所に帰ってアーティストに何て説明するんですか?

千原
デビューさせてPRしていきたいのに、予算をかけずにやろうという精神性が嫌ですね(笑)。もちろん、相手の熱意も汲み取りますよ。想いの温度感が伝わればやりますけれど、そこを探るところからはじめます。

※不思議な文字の配置にも、発想と意図が落とし込まれている。

「読みにくい方が人の印象に残る」という意識を持っていて。ある種の“違和感”のようなもの。受け取り手が「え、これってどうやって読むんだろう?」と思った瞬間に、そこにコミュニケーションが生まれるじゃないですか。何の引っ掛かりもなく読めてしまった場合は一方通行になるのですが、受け取り手が「読みづらい」と感じた瞬間、意識が本に向かう。そこに対話が生まれる。だから、“違和感”は意識してデザインしています。(千原)


嫉妬と独創

──他人の作品を見ることは?

森田
僕は見ます。元々“ネタ”が好きということもありますし、見ておかないと(ネタが)被る可能性がある。おもろいネタにはしっかり嫉妬するし「これよりおもろいものをつくりたい」とも思う。見れるだけ見ますね、もちろん偏りはありますが。

千原
僕も同じ業界の人とはSNSで繋がっているので、タイムラインに上がってくるのが自然と目に入ってきます。

森田
嫉妬することってあります?

千原
めちゃくちゃあります。「このデザイン、僕がやりたかった」とか。意識して「見る」というより、自然と目に入ってくるので。酷い時は、一旦フォロー外したりもします。悔しさを活力に「もっと自分もやらなきゃ」と奮い立たせる。

森田
例えば、おもろないデザインから着想を得たりすることもあります?僕らで言うとね、“おもろないネタ”って実はチャンスだったりするんですよ。それ自体が既に “おもろないネタ”という一つのカテゴリーになっていて、そこから視点をずらしてゆくだけでおもしろくなる。それを生かせば、そのネタをフリに使って新しいネタを作ることもできる。おそらくそのネタの作り手は、そこには気付かない。

千原
僕も、頭の中でデザインをすることはありますね。

森田
例えば、「今こんなデザインが流行ってる」とか、それを揶揄するようなデザインを考えたりもします?

千原
あります。流行りもののデザインって、僕はやりたくないんですよ。例えば、映画ポスターで今流行っているのはタイトルが「手書きのナナメ」のデザイン。だから「このスタイルには手を出さない」と決める。

森田
わかる、特に邦画ね!恥ずかしいですね、それ言われると(笑)

千原
最近、ほとんどがあのデザインですよね。特に恋愛ものの邦画は。そういうのを見かける度に「これはやらない」と思いながら街を歩いています。ただ、みんなが流行に乗ってくれている間に、自分たちは違うアイデアをいくらでも出すことができる。そういう意味では、みんなが同じ方向に向かってくれている時こそ、チャンスだと思いますね。

記憶と着想

──アイデアに煮詰まった時の発散法や切り替え方は?

千原
ここに来ます(代官山蔦屋書店)。
煮詰まっていると時は、自分の中にあるおもしろいアイデアを出せていない状態なんです。でも、確実に(自分の)中にはあるんです。ただ、忘れているだけで。それを呼び起こす作業が必要になる。ここは、その作業に向いている場所だと思います。

例えば、カメラのコーナーに行って、何気なく手に取った写真集をめくると「ああ、そうだ昔、あの場所で見た写真よかったな」と思い出すことがある。その写真からインスパイアされるというよりも、その写真をきっかけに過去の記憶が蘇ってくるイメージです。

「あの時のアイデアおもしろかったから、使えるんじゃないか」という感じで。

森田
俺、若い頃はメモらなかったんです。おもろいネタはずっと覚えているはずやって。でも、たまに作家から「この前言ってたあのネタ、やらないんですか?」とか聞かれて、「あ、確かそんなんあったな!」とかなるんですけど、覚えてないんですよね。

メモはとった方がいい(笑)

千原
おそらく、みなさんの中にもおもしろいアイデアってあるはずなんです。今まで生きてきた中で思いついたものを振り返ると。でも、日々の中で忘れてゆく。それを呼び覚ますことが大事だと思うんです。本の中でも書きましたが、子どもの頃に観た映画やマンガからヒントをもらったりしている。当時の記憶をどこまで呼び起こせるか。 

僕の脳の中は、テレビ、マンガ、映画で形成されている。それを引き出しとして仕事に生かしているのだ。

『これはデザインではない』P58~

森田
子どもの頃の記憶を呼び起こせるんですね。

千原
子どもの頃に響いていたことの方がおもしろいんです。インパクトがあったし、良い記憶として残っている。

先ほども言いましたが、流行しているものをアイデアにしてしまうと、みんなと同じことをやることになるんですよ。例えば、ファッションでもテレビで有名なブランドが出ていたら、業界はみんなその服を使ったり。僕はあまりそれをやりたくない。子どもの頃のことを呼び起こすと、二、三十年前のことになるから逆に注目される。

森田
「ファッションは繰り返す」ってよく言うじゃないですか。その理論ってホンマなんですか?

千原
実際にそうだと思います。ちなみに、お笑いはどうですか?

森田
お笑いは、繰り返すという感じでもないですね。いろんな笑いがありますが、結局、人は“ベタ”を一番笑う。仕事関係なく、自分がめっちゃ笑ってる時って、ベタなことやったりするんですよね。ちょっと角度のある笑いって、そこまで爆笑にはつながらない。ベタに勝るものはないんじゃないでしょうか。手法を変えてベタに見せないようにしているだけで。

僕らのネタでもそうです。見せ方をベタと思わせないようにすれば、新しいものになるような気がしますね。お笑いってそういうことなんかな、と。だから、「繰り返し」というよりも、同じことの見せ方だけが時代によって新しくなっているのかもしれません。

オリジナリティとは何なのか。
僕の中には答えがある。自分の個性とは、「その人が今日まで歩んできた日々」。
子どもの頃に読んだマンガ、親に連れて行ってもらった場所、一昨日観た映画、今朝見た景色……そのときに印象に残っているモノ、人、感情。
まずは、それらをテーブルの上に並べるだけでいい。好きなものを並べると、その人の個性が見えてくる。

『これはデザインではない』P114~

──死ぬまでに必ず叶えたい夢は?

千原
映画監督ですね。それも「一回撮ったら終わり」じゃなく、死ぬまで撮り続けたい。

森田
職業として“映画監督”と呼ばれてもいい?

千原
そうですね。ただ、デザインを10年やってきたので、人と違う部分として、そこが根底にある監督でありたいという気持ちはあります。

森田
僕は養成所ビジネスはやってみたいですね。養成所って、合法的に最もお金を取れる手段じゃないですか。大きな事務所でも、全盛期の売上を計算したら余裕で数十億の金が動くんですよ。それで「週一回来い」と言って、ネタを見る。こんなボロイ商売あります(笑)?

千原
しかも、すごく効率いいですよね(笑)。その中で、才能ある人を引き上げて、売れさせる。おもしろくない人は放っておけばいい。

森田
年間に一組売れればいいぐらいの感覚でしょう。一回くらい養成所はやってみたいですよね。

千原
僕もデザインの養成所やりたいですね。
デザイン会社だけでなく、ヘアメイクやスタイリストなど技術系の仕事は、入社したら最初三年ほどは修業期間がありますよね。その間は、給料をもらいながら教わっている状態です。だから、その前の一年くらいは、養成所のような場所があって、授業料を支払ってもらいながらプロを育ててゆく方がきれいな気がします。教わる側も、教える側も、両方にとって良いんじゃないでしょうか。

二人の軽やかなトークに、会場は笑いに包まれた。

冗談の表情をしたことばたちの中に、本音が混じる二人の〈テツ〉学。この記事では、クリエイターとして大切な思考と姿勢を抽出した。「ない」ものをつくり、そこに価値を与えてゆく。“おもしろいこと”に対して誠実な二人の生き方。

ぜひとも、第二弾を期待したい。



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