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全景千原011

Art Of Loving
~勝手にサザンDAYを綴る~

2018年9月19日。快晴の代々木公園。差し込む光で瑞々しく踊る木々の葉の緑。 小さな奇跡が、あちらこちらで囁くように瞬いて。黄昏、奏でられた音色は闇へと向かい、歓声と熱狂に絡みつきながら溶けていく。

※サザンオールスターズ結成40周年を記念して、千原徹也はファンイベント「勝手にサザンDAY」を主催した。会場の代々木公園は4000人を超える来場者で賑わった。

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千原
もともとは思いついたのは、今年サザンが40周年ですが夏のイベントがないということを聞いた時です。ロックインジャパンには出演していますが、〝サザンオールスターズ〟としてのイベントはない。ファンとしては40周年に大きなライブをやってくれるイメージでいたので「えぇっ!?」という拍子抜けの感覚がありました。それだったら40周年は時間をかけてお祝いしていく一年にしようと思いました。

サザンってトリビュートアルバムとかそういうのってないんですよね。若いアーティストがサザンの曲を歌ったりとか、サザンとコラボレーションして曲を発表したりとかってあんまりない。〝絶対的な領域〟として別次元にいるところがサザンのすごさなんですけど。だから「そういう〝場〟をつくるということができたら」って。

うちのスタッフ(れもんらいふ)と〝サザン〟の話題になった時に「?」という空気になったことがあって。その子は20代前半なんですけど、サザンのことをよく知らなくてその場にいた皆が驚いたんですね。ファンからすると「国民全員がファンでしょ!」とか思ったりするんですけど、意外にも10代や20代にはサザンとまだ出会っていない子がいるんだってその時知ったんです。〝誰もが絶対知っているであろう曲〟を聴かせても、「いやぁ~ちょっと初めて聴きました」みたいな感じで。もちろんそれはマイノリティでしょうけど、僕の中ではそれが逆に新鮮で。

良い音楽は世代に関係なく誰が聴いても心を打つと思うんです。「サザンは誰が聴いても良い」っていう感覚が僕にはあったので、若いアーティストが歌ったりすることがきっかけとなって聴いてもらえるかな?と。そういうアイディアを思いついて、企画書を作ってアミューズさんに「こんなのやりたいんですけど」って提出しに行ったんです。そしたら「勝手にやる分には全然いいですよ」って。

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そうなると資金をなんとかしないといけない。クラウドファンディングだったらファンの方々が「自分も手伝いたい」と思ってくれるんじゃないかって思いまして。

博報堂の米村さん(とっても偉い方!)とよく一緒に仕事をさせてもらっていまして。その方が僕の仕事とは別で三ツ矢サイダーのCMを作っていたんですよ(三ツ矢andサザン2018)。それで「僕、今こんな企画(勝手にサザンDAY)を思いついて」っていう話をすると「俺もサザンのファンで、HOTARU CALIFORNIAのポスターは俺が作ったから手伝わせてくれ」って言ってくれて。博報堂が手伝うと色々とクリアしないといけない問題も出てくるので、米村さん個人として手伝ってくれるっていう話になり。

あとはタワーレコードさんとか、舞台の演出をやってくれているWATOWA,INCという会社があるのですが、その人たちや友人たちに色々と声をかけて。話をすると皆さんとても面白がってくれたので「やりましょう」と言ってくれた。

そうやってはじまった勝手にサザンDAY、そしてクラウドファンディング。「サザンだし、これだけのアーティストが出演するので意外とすぐに集まるのかなぁ」と思っていたのですが、蓋を開けると初日にパトロンになってくれた人が一人か二人で。「これは、ヤバイ」。そこではじめて、全員が焦るというw

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桑田さんとの初対面は、『がらくた』のポスター撮影の時。2017年の5月末のことです。なかなか時間がもらえないだろうなという空気だったんですね。でも、僕が出した案が3時間半の撮影。夜中に渋谷、原宿、新宿、代々木を車で移動して色んな場所で撮るという内容で。ダメ元で提出したのですが、桑田さんが「面白い」って拾ってくれて。

「〝夜中に撮影〟っていうのはサザンではなかなかないし、渋谷の街で撮影なんてもう何十年もやってないからやりたい」って言ってくれて。そうしたらビクターさんも、「これだけの時間桑田さんを拘束できるのなら、広告だけじゃなくてアルバムの中、ファンクラブ用、ツアーパンフレット用とか全部撮っとかないと」ってなりまして。三時間半でしっかり夜の街を桑田さんに歩いてもらって撮りました。

それは夢が叶った瞬間で、周りにも「昔からずっとファンだ」って言っていたので、撮影に付き添ったスタッフが、桑田さんと喋っている僕の姿を遠巻きに見て泣いていましたw

二度目にお会いしたのはロックインジャパンのステージ裏。当然のことなのですが桑田さんの周りって何十人も関係者の方がいて、喋れない環境なんです。でも、トイレに行く時はさすがに桑田さん一人で入ることになる。僕がトイレを出ようとしたらそこへたまたま桑田さんが入って来たんです。

サザンのマネージャーの木村君という方が「あ、千原さん」って気付いてくれて、「桑田さん、『がらくた』の時の千原さんです!」って。そうしたら桑田さんが「あのジャケットは良かったよ、ありがとね」って肩叩いてくれて。

その時、僕の子どもが近くにいたんです。「おー、千原君。子どもと来てんの?楽しんでいってね」ってそういう感じで。その時もうちの奥さんが遠巻きに見ていて泣く、というw

ひとりぼっちじゃ夢は叶わない。

「毎日が怖いんです。怖くて怖くてたまらないです。それが人の言葉や、行為で解放されるんです」

千原徹也は言った。彼の言葉が、行動が、愛が、多くの人の心を動かした。いつか〝物語〟として語られるであろう、小さな奇跡の集大成が、今目の前で輝きながら紡がれていく。

結果、1000万を超える支援金が集まり、そうそうたるアーティストがステージに上がった。そして4000人を超える観客。夢を叶えるドキュメンタリー作品。作家、千原徹也が紡ぐ物語───その中に今、僕もいた。

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「ダイアログジャーニー」と題して、全国を巡り、さまざまなクリエイターをインタビューしています。その活動費に使用させていただきます。対話の魅力を発信するコンテンツとして還元いたします。ご支援、ありがとうございます。