怪至考②考察系怪談について

考察系怪談というジャンルがある。

いや、明確にどこかでそのジャンルが体系化されたわけではないと思うのだけど、ここ何年かの怪談やオカルト系の界隈を見ていて、「考察」ということが重要視されていると感じる。

その証左か、吉田悠軌氏の『現代怪談考』が2022年に出版されている。あるいは、ホラー作家として雨穴さんが『変な家』をベストセラーにし、書籍・ドラマ・映画とどんどん活躍の場を広げているし、YouTubeでは『フェイクドキュメンタリーQ』が考察要素のあるホラー作品としてヒットしている。

ネットの記事やらYoutubeのネタとして、「考察」という言葉はなんだかもっともらしく、魅力的なのかもしれない。
全く考察をしないオカルト系Youtuberのキリン氏は自らのチャンネルに「考察系」と名付けている。バズるためのワードのひとつなのだろうと思う。

ライト層の流行りだと馬鹿にするつもりは毛頭なく、寧ろ、結構コアな怪談ファンもまた考察を楽しんでいるのを結構見かけるし、僕自身も好きなテーマになる。

遡っていくとどのあたりになるのか。
怪談ブームをざっくりと考えると、テレビを中心に稲川淳二による怪談があり、そのテレビ向きな派手で描写の多い怪談への反動のように、「新耳袋」ではとらえどころのない「実話」であることに重きをおいた怪談が多数語られた。同時期に一斉を風靡したジャパニーズ・ホラーの映画群も、概ねこの流れの中で流行ったんじゃないかと思う。

2000年代に入ってからはインターネット上の主に2chを中心にして、一般人が匿名で投稿することによってリアリティが担保されるタイプの怪談が多数投稿された。かなり眉唾なものも多いし、今の時代の基準で考えると、2ch怪談は「まぁどうせ創作なんだろうな」と切って捨ててしまいたくなるような部分もなくはない。(もちろん傑作怪談もたくさんあるけれど)

・・・

「考察」という部分については、知っている範囲だと「新耳袋」の著者の木原浩勝氏が「怖い水曜日」というラジオ番組内でやっている印象が強い。視聴者から送られてきた怪談に、ズバズバツッコミを入れていく。ちょっと言いすぎなのではないかと思うくらい厳しくディティールに言及し、「これはどういうこと?」と追求する。

氏のトークライブなんかに行くと、こんな感じで、とある怪異に対して解釈を付与していったり、ディティールを突き詰めていったりして「それってどういうこと? 現実に体験したんだとするとそういう描写になるのか?」と考え、そうやって考えた末に怪異のもつ意味のようなものを掴んでいく。

・・・

僕の体験談として、こんなことがあった。

5,6年ほど前のことである。当時北海道・札幌市に住んでいた僕は、近郊にある温泉地の、とある廃ホテルに肝試しに行った。

メンバーは僕を含めて3人。
僕は色々な作品の影響で、心霊スポットを訪れると、みんなでひとしきり見て回った後、「一人ずつ行く時間」を作りたくなる。
一人でA地点からB地点まで行って、B地点で「何か」をやって帰ってくる。
肝試しの作法としてはまぁある意味全うだと思う。(普通は御札を取ってくる、とかだろうけど)

そのホテルは1階に大浴場があり、4階建てくらいのそこそこ大きな施設だった。
それで、大浴場まで一人ずつ行って帰ってくる、というミッションを設けて、「こっくりさんをやる」だとか「だるまさんがころんだ」をやるだとか、そういうことを提案した。

じゃんけんで順番を決め、僕以外の二人は「こっくりさん」をやることになって、一人ずつ大浴場に行って戻ってくる。

最後の僕は「だるまさんがころんだ」をやるということになったのだった。

当時、買ったばかりのビデオカメラを持って、2階から1階の大浴場まで一人で向かう。まぁ何が起こるわけでもないけどそれなりにこわい。肝試しなので概ねそんなところで終わるはずである。

僕は全部で5回「だるまさんがころんだ」と唱えながら振り返り、を繰り返した。
こわいのはこわかったし、なんだか誰かが近づいてきているような気すらしたけれど、当然怪異が起きるようなことはない。
「ちょっと今回はタッチ出来なかったかな?」と、自分で自分に向けて言うように冗談を言って、僕は残りの2人のいる2階エリアまで戻った。

合流したその時、窓の外から車のエンジン音が聞こえた。

おそらく僕らと同じような肝試し目的の人たちだろう。
自分のことは棚に上げて、この手の場所に好んで来る人とはあんまり鉢合わせしたくなかった。

なので、僕たちはできるだけ鉢合わせしないよう、逃げるようにその場を離れることにした。

誰かが「裏口から帰ろう」と言って先導した。

ーー裏口って、どこだっけ?

方向音痴なこともあって僕はあまりピンとこず、とりあえず導かれるままにカメラを持ったまま、最後尾をついていった。

「裏口」といったその場所は、先程まで行っていた大浴場だった。
大浴場のさらに奥側に出口があり、そこから外に出られる。

大浴場のちょうど真ん中ぐらいまでたどり着いたそのとき。
僕の来ていたコートのフードが、ぐっと引っ張られたのを感じた。

思わず振り返った。
誰もいない。

念の為フードに触ってみたりして、水滴が落ちたり、なにかに引っかかったりしたのかと思い確認したけれど、それらしき形跡はない。

他の二人がどんどん先に進んでしまうので、検証はそれくらいにして僕も外へ出た。
その場ですぐに2人に今起きたことを伝えるのは良くない気がして、少し離れた場所に駐めた車に乗り込んで、それからようやく今起きたことを伝えた。

「フード引っ張られたんだよね」

今起きた出来事を一通り伝えてみたところで、こんなことを考えた。

僕は、フードは下向きに引っ張られた、と感じていた。

もし、僕と同じくらい、せいぜいプラスマイナス10センチくらいの身長の人が、後ろからフードを引っ張ったとしたら、おそらくフードは後ろ向きに引っ張られるんじゃないだろうか。

下向きに引っ張られる、ということは、誰かが下から手を伸ばして引っ張ったことになるんじゃないだろうか。

僕の身長は大体170センチちょっとくらいである。
頭を抜いた肩の高さがたぶん140〜150センチほどだろう。
そこから下がっているフードはおそらく下の部分が120センチぐらいの位置にあるはずだ。

120センチの位置にあるフードを上に手を伸ばして引っ張るということは、90センチ〜100センチ(もしくはもっと低い)くらいの身長ということにならないか。

僕以外の2人は何も体験していない。同じ場所で同じようなことをして、僕だけがしたことは、「だるまさんがころんだ」である。
僕はそれを5回だけ行って、いわば途中で終わらせてその場を離れた。

さっき途中まで「だるまさんがころんだ」をやっていた男が、もう一度その場所を訪れて、だから「待って」という意味でフードを引っ張った。

「だるまさんがころんだ」はこどもの遊びで、身長90〜100センチくらいのこどもがいたのだとしたら?

怪談好きな人間特有の都合のいい解釈かもしれない。
でも考えていっておそろしくなったのは事実だった。

・・・

「新耳袋」以前の話は、因果関係があることの限界があった。どこそこは昔墓地だった。そこでは昔女が自殺していた。水死体が発見されていた。
そんなことは日常で早々ないんじゃないか?ということで徐々にリアリティを感じづらくなった。

「新耳袋」以降は寧ろ因果関係のない、「なぜそれが起こったのか?」は誰にもわからない、「それは何だったのか?」もわからない。
わからない、だからこわい。
一方でその限界として、ややハイブローな、曖昧な話が増えるところはあり、場合によってはシュールですらあった。

また、2chを中心としたネット怪談のいちジャンルとして「意味がわかると怖い話」というものがあった。一見するとよくわからない、でも考えてみると怖い話。少しなぞなぞのような要素のある怖い話。

そうした流れの中で生まれたのが、「曖昧な話を考察(解釈)することで、怖い背景を浮かび上がらせる」という手法だったんじゃないだろうか。

『リング』では原作の持つ都市伝説的な恐怖と、謎を解いていく過程、そして結末というそもそものストーリーが強固だったがゆえに、多少難解な背景があっても問題なかった。

『呪怨』は、『リング』的なストーリーテリングを行わず、断片的なエピソードを積み重ね、それぞれの関係性が徐々に浮かび上がる構成にしていた。
考えてみるとこの手法は限りなく「考察系」的な構造に近い。しかし、比較的明快な発端が描かれること、ノベライズ版等も目を通すと謎として残る部分はあまりなかったため、考察の余地という意味では2022年現在はほとんどない。(初見時にあそこまで怖いのは、徐々に浮かび上がってくる全体像の怖さなんだろう)

恐怖についての考察は恐怖を生みうる。

それはおそらく(たとえ非現実的なものだとしても)世界の解像度を変える作業なのだろうと思う。
家の中で何かちょっとした物音が聞こえるだけであれば、気にしない人は気にしないかもしれないけれど、「家鳴り」や「ポルターガイスト」と名付ければ何者かが立てた音、となる。

時々「幽霊とか信じるんですか?」と質問されることがあるのだけど、霊や怪異の存在は、「信じる」か「信じない」か、というよりは、「考える」か「考えない」かなのではないだろうか。

「考える」という行為が怪異との対峙を迫る。
だから、単に幽霊が出てきたり呪いが出てきたり、というホラーではなく、「それは一体なんなのか」を考察させるホラー作品は、あらゆる恐怖の対象物がミーム化され消費されていく現代において、怪異を怪異として存在させる手段なのではないかと思う。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?