資金調達をはじめる前に知っておけたら良かったこと -シリーズB資金調達からの学び-
製造業×AI アダコテックの河邑(かわむら)です。
この度、アダコテックとして総額15億円のシリーズB調達を発表させて頂きました。せっかくですので、等身大な実務経験をもとに、資金調達のプロセスの振り返りを共有させて頂きます。私自身はファイナンスの専門家ではなく、今回は色んな方に教えを乞いながら資金調達を進めましたが、当時の自分が「資金調達をはじめる前に知っておけたら良かった!」という内容をまとめてました。資金調達の全体的なプロセスと要点を把握頂くことを目的としており、詳細なファイナンス理論の深掘りではないことご容赦下さい。
対象読者
・アーリーステージのスタートアップでこれからはじめて資金調達を実施する経営者や財務責任者の方
まずは要点から
はじめに、今回の調達を通じて特に重要だったポイントを先にお伝えします。1分しかない方はこの5つだけでも、お持ち帰り下さい。
①ランウェイに余裕ある状態で準備をはじめる
②既存投資家に「疑似投資委員会」を開いてもらう
③投資家候補にはリファラルで、個人指名で会いにいく
④着金するまでは複数の投資家候補と交渉を続ける
⑤資金調達はプレスリリースまで - 絶好の広報材料を活用する
Step1 準備期 (2021年9月~10月)
着金から逆算すると約9ヶ月前に始動しました。まず手をつけたのは以下の5つ。私は既存VCにお願いして、資金調達する上での論点や想定質問の洗い出しを実施した上で資料を作り込んでいきました。資金調達はあとになればなるほど時間的にも精神的にも余裕がなくなりますので、この時期に資料や戦略をなるべく作り込んでおくことがお薦めです。
①事業計画の作成(5カ年)
②調達額と目標Valuationの設定
③ピッチ資料の作成
④投資家リストの策定
⑤既存株主(いれば)へのフォローオン投資の打診
①事業計画の作成(5カ年)
まずは全ての土台となる事業計画です。弊社の場合はPLのみの簡易的なもので、別TABで売上計画、人員計画、経費計画の3つを作成しました。この中でもアーリーステージでは売上計画が肝で、計画を裏付ける市場分析と競合分析に加えて、直近1年間の失注分析やファネル分析は必要になります。また、これまでの成功事例については、ユーザーインタビューなどを通じて成功要因を深掘っておき、成功要因が再現性があることの証明を実施しておくと売上計画の説得力が高まります。
②調達額と目標Valuationの設定
事業計画が決まったら、調達額ですが、これは「次の調達」からの逆算で決めました。弊社の場合はシリーズBだったのですが、次のシリーズCで目指す状態(売上〇億、Val〇億円)を決めて、それを達成するまでの期間をカバーするための資金は〇億円、という形で逆算して調達額を決めていきました。
目標Valuationは、類似企業の上場会社を参考に、マルチプルで計算するのが一般的です。ここは既存投資家の意見も聞きながら、一定の妥当なレンジを頭に入れておくと、投資家との交渉も安心感を持って進められます。また、「いつ上場するの?いくらで上場するの?」という目線感も、投資家がROIを計算する上では重要な要素ですので、ざっくり根拠を持って話せるようにしておく必要があります。
③ピッチ資料の作成
ピッチ資料は、幸いにして様々な起業家が公開してくれていますので、そちらの構成をまず真似しながらドラフトしていきました。弊社のものも以下イベントの中で一部公開しておりますのでご参考に供します。
そしてドラフトしてからは、何度も既存株主にアドバイスを頂きながらブラッシュアップしていきました。既存株主にVCがいる場合は、疑似投資委員会(担当ではないキャピタリストがピッチ内容にコメントをする会)をお願いするのもお薦めです。客観的な突っ込みポイントをハイレベルで洗い出せる場で、かつ、「こうしたら良くなる」という前向きのアドバイスももらえる場になります。
中身はもちろんのこと、わかりやすさも大事ですので、余裕があれば、デザイナーの方にスライドのデザイン修正をお願いできると見違えるように良くなるのでお薦めです。弊社も副業のデザイナーさんにお願いしました。
④投資家リストの策定
投資家リストについてはX TECHの古川さんが公開されている以下のものがお薦めです。主には、①投資領域、②フェーズ・チケットサイズ、③投資先(競合がないか?)という観点でリストを洗い、合いそうなところをリストアップしていきました。
⑤既存株主へのフォローオン投資の打診
最後に既存株主へのフォローオン投資の打診ですが、この準備段階から思いっきり相談して巻き込みながらフォローオンをお願いしました。幸いにして弊社の場合は、既存投資家の2社ともコミットをしてくれましたので、そのあとの資金調達での大きなプラス材料となりました。
Step2 面談期 (2021年10月~11月)
面談期に実施したのは以下3つです。
①投資家候補との面談セッティング
②初回面談→NDA締結→詳細資料共有
③質問表のやり取り・2回目面談
①面談のセッティング
準備期に作成した投資家候補リストの中から、優先順位をつけながら面談を組んでいきます。面談のセッティングについてはできる限り紹介で会いにいくのが吉です。ドアノックして会うよりも、会える確率や次に進む確率も格段に高かったです。また、VCの担当者は個人名で指名して会いにいくことをお薦めします。これまでの投資で成功実績のある方は、当然ファンド内で投資を通しやすい立場にいますので、そういった方に担当してもらえるとベストです。あとは、やはり人としての相性も大事です。経営者と投資家は二人三脚で進めていくパートナーのような存在ですので、いくら実績があっても人間として合わないと、投資してもらった後に苦労するパターンもあると聞いています。
なお、もし読者の方がまだ次のファイナンスまで1~2年ある場合は、今のうちからVCを回っておくことを激しくお薦めします。何度か会っている人と、初対面の人では、温度感も含めて大きな差がありますので、投資してもらいたい投資家には早めから会いに行ってアドバイスをもらい、「アドバイスを頂いたおかげでここまで来ました。投資してください!」とお願いするのが最も成功確率が高いやり方です。
日程調整ですが、初回はほぼオンラインでした。同時に複数の投資家と日程調整するので、日程調整ツール(Calendly)が非常に役に立ちました。
②初回面談→NDA締結→詳細資料共有
初回面談は、最初にこちらからピッチをして、質疑応答する、というのがだいたいの流れです。投資家によっては最初から質疑応答されたい方や、プレゼンは短いほうが良いという方もいらっしゃいますので、アイスブレイクの段階で面談の進め方を摺り合わせると良いと思います。
初回面談でこちらから最低限確認しておくべき内容は以下4点です。
①リード投資か、フォロー投資か
②出資できる金額 (次のラウンドでも出資してくれるのか?)
③ファンド期限
④意思決定のプロセスとスケジュール
初回面談が良い感じになると「では詳細資料送って下さい」という話になりますので、NDAをお願いして、資料共有します。NDAについては、VCによってスタンス異なりますが、弊社はテックベンチャーということもあって、ほとんどのVCの方が快く対応頂けました。尚、ファイル共有については、Google Driveに一式を入れておき、URLで共有するのが手間が少なくお薦めです。(参考までに以下は弊社のGoogle Drive)
Step3 リード交渉期 (2021年12月~1月)
面談した投資家候補の中で、まずはリード投資家になってくださる先とDD・交渉を先行して実施します。リード投資家は、最大の金額を投資してくれる投資家であり、Valuationを含めてあらゆる投資の条件を決める役割を果たす投資家です。フォロー投資家は、リード投資家の条件を見ながらフォローするか・しないか、を決めますし、リード投資家が良い投資家であればあるほど、フォロー投資家は集まりやすい傾向にありますので、最初にリード投資家を決めることが資金調達において重要です。
リード交渉期に実施するのは以下2つです。
①リード投資家とのDue Diligence (以下、DD)
②リード投資家との契約条件の交渉
①リード投資家とのDue Diligence (以下、DD)
初回面談→資料共有を経て興味をもってくれたリード投資家候補からは、DDのための質問表や追加資料の依頼が送られてきます。
実務面での細かい質問も増えてくるので、社内のコアメンバーにすぐに対応してもらえるように、業務調整が必要です。また、お客様へのヒアリングもお願いされますので、あらかじめ距離の近いお客様には事情を説明して協力依頼しておくとスムーズです。経営陣やキーパーソンへのヒアリングもありますので、主要メンバーにはピッチの内容や、投資家との質問のやり取りについて随時共有しておくと直前にバタつかなくて済みます。
この段階まで来ると、投資担当者の方は見極めモードから、どうやって自社の投資委員会を通すか?というモードに転換してくれることが多いです。最後は投資担当者の熱意で投資が決まることも多いので、なるべく密にコミュニケーション取りながら、「一緒に投資委員会通しましょう!」というsame teamな雰囲気に出来るとベストで、私は特に事業への想いや自身の人生についてなど、色々と熱い話も担当者の方と夜な夜なしました。
②リード投資家との契約条件の交渉
DDをクリアすると、タームシートの交渉となります。株主間契約や投資契約書における重要な事項を記載したものです。主に争点になるのは以下7項目ですが、詳細については磯崎徹也著「起業のエクイティ・ファイナンス」をご一読されると絶対に外しちゃいけない事項については網羅できます。
①M&A時の優先分配(残余財産の優先分配権+みなし清算条項)
②表明保証
③事前同意事項
④経営株主の株式譲渡制限
⑤投資家による株式譲渡
⑥投資家のドラッグ・アロング・ライト
⑦投資家のプット・オプション
引用元: 第2回 規定ごとに考える、合理的な条件を獲得するための戦略
https://www.businesslawyers.jp/articles/243
投資家は年中投資しているので百戦錬磨である一方で、起業家にとっては数年に一度のイベントなので経験が乏しく、基本的に不利な交渉になります。最もレバレッジが効くのは、複数のリード投資家候補がいる場合ですので、できる限り多数のリード投資家候補と同時交渉して交渉力を維持しましょう。タームシートを1社からもらった段階で他を断ってしまったがゆえに、結果として投資家から不利な条件を飲むしかなかった、というケースも聞いておりますので、サインするまでは何があるかわからない、というスタンスで臨むのが良いと想います。
なお、タームシートの中には起業家vs投資家ではなく「既存株主 vs 新規株主」という利益対立が生じる論点も多くあります(ex. 優先分配権) うまく利益調整することが求められますが、そういうときは中立的な立場で調整役に回り、各株主の交渉の優先順位を明確にすることが肝です。少しずつ歩み寄りの白地を見つけながら落とし所を見つけていきますが、関係各所とひたすら電話やメッセンジャーをする日々になります。
ちなみに、リード投資家とタームシートの交渉している時期と同時並行でフォロー投資家候補のDD対応を一気に進めていました。リード投資家と会話する上でも「フォロー投資家としてX社、Y社、Z社が興味を持ってくれています」と言えるとリード投資家と交渉する上でもプラス材料になります。(リード投資家が恐れるのは「リードで投資したけどフォローが集まらなかった」という事態。)
Step4 クロージング期 (2021年2月~4月)
クロージング期に実施することは以下の通りです。
①フォロー投資家のコミット取り付け
②契約書類の最終化
③サイニングの手続き
④プレスリリースの準備
①フォロー投資家のコミット取り付け
リード投資家と合意したタームシートに基づいて、この条件で投資可能かどうかをフォロー投資家候補に打診します。この段階になると、リード投資家からも、普段からよく共同投資している投資家を紹介してもらえますので、新たにここから面談する投資家も現れます。
フォロー投資家を検討する上では、投資家構成全体のバランスも大事になります。お客様を紹介してくれる投資家、次のラウンドも投資してくれるディープポケットな投資家、海外へのパイプが太い投資家、採用や広報面での支援が期待できる投資家など、様々な特性がありますので、自社にとって最適なポートフォリオとはなにか?を考えながら組んでいきました。尚、投資家の数が多いと、マネジメントが大変になるのと、一社あたりのコミット量は減る傾向にあるので、あまり数を増やしすぎることはお薦めしないです。
②契約書類の最終化
タームシートで主要な項目については合意が出来ている状態ですが、いざ契約書に落とし込んでいくと、細かい論点が一気に浮上します。修正履歴付きのWordを各投資家にチェック頂くのですが、全員に同時にWordを投げてしまうと合体するのが大変なので、理想的には1社ずつリレー形式で回していくことだと思います。ただ、時間の制約もありますので、クロージングまでのタイムラインを見ながらやっていくことになります。弊社の場合は、最初の1巡はリレー形式にして、次の1巡からは全体にメールで投げて異論がないか確認していきました。
③サイニングの手続き
サイニングですが、かなり続きは煩雑です。弊社は、司法書士にお願いして、クロージングまでのスケジュールを作ってもらい、全投資家・株主と共有しながら進めました。電子サインが使えないと印刷・捺印・郵送地獄になり、3倍くらい仕事が増えますので、全投資家・株主が電子サインに対応してくれることを祈りましょう。
④プレスリリースの準備
資金調達のリリースは、スタートアップにとって絶好の広報チャンスです。弊社では特別な広報チーム(オーナーCEO)を立ち上げて、かなりの労力を割いて様々な施策を用意していきました。専任の広報担当がいなかったため、副業で広報の専門家に手伝って頂きながら、①メディア掲載(日経・DIAMOND SIGNAL)、②調達イベントの開催(全3回)、③社員によるnoteリレー、④採用ピッチのリニューアル、⑤meetyの立ち上げ、などを準備しました。詳細は割愛しますが、資金調達に向けて特設したHPのリンクをご参考までに共有させて頂きます。
最後に
ここまで弊社の資金調達の歩みを振り返りながら記事を書き進めて参りましたが、会社ごとに事業戦略が異なるように、資本戦略も個社性が高いですので、あくまで1つのサンプルとして参考にして頂ければ幸いです。
スタートアップの方であれば、日々事業に没頭しており、資金調達はできる限り短く済ませたいと思ってらっしゃる方ばかりだと思いますので、少しでも上記の内容でその期間の短縮に貢献できれば、嬉しいです。
最後に、アダコテックとしても、製造業×AIの領域でグローバルに勝負するスタートアップで募集をしておりますので、もし少しでもご興味を持って頂けましたら、ご連絡を頂けますと嬉しいです!
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?