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なぜMissionを「本の未来を、共創する。」にしたのか?

こんにちは。株式会社MOCHI代表の戸枝です。
この記事では、当社のMission(理念)である、「本の未来を、共創する。」について、簡単に書ければと思います。

…と気楽な気持ちで書き始めたのですが、書き終わってみたらそれなりの文量になっていました。これでもまだ書き足りていないと思っているのですが、10,000字を超えてしまったので、公開します。



「本の未来を、」

本の未来に関する一考

統計資料を参照すると、コミックを除いた出版業界の市場規模は下降トレンドにあります。

どういった背景で出版市場が下降トレンドにあるのでしょうか?また、今後もこのトレンドは続いていくのでしょうか?
本記事では、「余暇時間の選択肢の充実」「紙の本の中古販売手段の充実」「高精度な文章生成AIの登場」の3つのトピックからこの問題を紐解いていきます。


①余暇時間の選択肢の充実

出版業界全体の低迷に関する説明で、最も説得力ある要因のひとつが、余暇時間の選択肢の充実です。

私自身、読書も趣味の一つではあるのですが、Amazon Primeで恋愛リアリティショーや映画を見たり、「ゼルダの伝説 ティアーズ オブ ザ キングダム」をプレイしたり、趣味のダンスに興じたりしています。
お昼休みには、頭を空っぽにして掲示板のまとめサイトを辿ったり、Youtubeでゲーム実況を眺めます(英語のゲーム実況を見ることで「娯楽だけどちょっと頑張っている自分」に浸っています)。寝る前には、友人の近況をInstagramのストーリーで追いかけています。

本の未来を考える上で忘れてはならないのが、このような一人ひとりの生活環境です。
一人ひとりの人生、一人ひとりの時間があります。

私たちは、伝統的な余暇時間の使い方(旅行をする、運動する、文化的な活動をする、ボランティアに参加する、ボーッとする等)に加えて、目の前の手のひらサイズの金属製の板を使って無限の娯楽を享受できるようになりました。
出版業界としては、増え続ける無数の選択肢の中から「読書」を選んでもらわないといけないのです。

本の競合は、他の本ではありません。
紙の本の競合は、電子書籍ではありません。
書店の競合は、他の書店(含電子書店)ではありません。
出版社の競合は、他の出版社ではありません。

出版業界は様々な形で「読書」という体験を提供しています。
読書の競合は、読書以外の余暇時間の使い方、そのすべてなのです。

「競合」という言葉には、敵対的なニュアンスは込めていません。小説が映画になったり、マンガがアニメになったりと、読書と競合するサービスはしばしば手を取り合う関係にあります。ここでは「正々堂々と競い合う関係」くらいの意味で使っています。
(参考:エンタメ領域では可処分時間の奪い合いがない?——生活者調査から見えたヒント、「競争」よりも「共存」

余暇時間の選択肢が充実するにつれて「読書」の相対的な魅力が(全体の傾向として)低下しているように感じられます。
毎年多くの素晴らしい作品が生まれていますが、本は競合に対して長らく守勢に立たせれています。

仕事柄、著者や出版業界の方々と業界に関する意見交換をする機会があるのですが、業界の方々は、出版市場をどうにか盛り上げられないかと、各々の現場で創意工夫を凝らしています。そのような不断の努力があってしても守勢に立たされている状況だと理解しています。


②紙の本の中古販売手段の充実

日本では、古書店、中古販売サイト、フリマアプリ等で、中古の本を安く買える(かつ売れる)インフラが整っています。

「本を安く買えるシステムがあることで読書の裾野が広がり、結果的に新刊書籍の売上増につながる」という考え方もありますが、私としては「現状の本の中古売買システムでは、それによる新刊書籍の売上増などの機会創出効果よりも、出版社/著者の売上がゼロになる機会損失効果の方が大きい」と考えています。

機会損失額についての統計データはないのですが、(中古売買プラットフォームを持つ企業のIR資料等)周辺情報から当社が独自に試算したところ、出版業界として数千億円規模の機会損失が発生している可能性があります。

出版社・著者が儲からなければ、良書を生むための出版システムが機能不全になる可能性が高まります。
良書が生まれにくくなれば、本の市場の維持・発展へのチャレンジは困難を極めるでしょう。

もちろん中古売買が法的・道徳的に問題があるという話ではありません。同じ本を買うのであれば、より安く手軽な選択肢(中古売買)を使う方が経済合理的ですし、その選択肢を選んだ人を責める意図は全くありません。むしろ問題は、中古売買以上に魅力的な本の購入方法を、中古売買をしている人たちに対して提供できていないことにあります。中古売買に匹敵するほどの経済合理性を実現するか、中古売買の経済合理性を上回る付加価値を生み出せれば、状況は改善に向かうはずです。


③高精度な文章生成AIの登場

「ChatGPT」をはじめとする文章生成AIは、出版業界にも小さからぬ衝撃を与えていると思われます。

私自身、ChatGPTを有料会員登録をして利用しています。プログラミングの指南をしてもらったり、文章の校正を手伝ってもらったり、コピーライティングを一緒に考えてもらったりと、ChatGPTは仕事・プライベートを問わず様々な場面で役に立っています。

技術書、記事作成やコピーライティングに関する指南書等については、直接的な代替手段が現れたと言っていいのではないでしょうか。

他にも、
「本を読むよりも、ChatGPTに聞くのが手っ取り早い」
「本を読むよりも、ChatGPTと話していた方が楽しい」
と消費者が思う場面は多々あるかと考えます。

高品質な文章生成AIによって、本という学習手段/余暇の過ごし方が代替されつつあります。

執筆・校正等の本の制作の場面でもChatGPTが利用されつつあり、執筆活動の品質向上や時間削減に役立つのではないかという期待もあります。
この意味で「文章生成AIが出版業界にプラス/マイナスのどちらの影響を与えるのか?」という問いへの回答は、世間的にはまだ定まっていないかとは思います。
個人的には、プラスへの作用はかなり限定的だと見ています。というのも、現時点で多くの素晴らしい作品が生み出されているにも関わらず、「読書」が守勢に立たされている現状があるからです。この状況を多少の品質向上やコスト削減によって打破するのは困難だと思われます。


ここで、議論をおさらいします。

まず、出版市場が下降トレンドにあることを確認しました。

その背景として「余暇時間の選択肢の充実」「紙の本の中古販売手段の充実」「高精度な文章生成AIの登場」の3つのトピックを見てきました。

この3つのトピック、10年後にどうなると思いますか?

  • 「読書の魅力がどんどん高まっていて、動画配信サービスやSNSよりも電子書籍サービスの方が流行っているよ」

  • 「本は書店で買っているよ。中古じゃ得られない付加価値があるからね。」

  • 「著者が文章生成AIを上手く使うことで作品の質が上がったから、前よりも本がたくさん売れるようになったよ」

こんな未来が想像できるでしょうか?
残念ながら、私にはできません。
何か革新的な変化がなければ、ここであげたトピックは、出版市場の下げ圧として作用していくことになるでしょう。

今の延長線上に、本の明るい未来があるという想像をするのはかなり難しいように思えます。

今回は取り上げませんでしたが、そもそも少子高齢化によって読書人口は(純粋な人口減少と老眼の方の増加により)減ります。
また、日本の生産性低下と世界経済内での相対的な地位低下が取り沙汰されていますが、それによって可処分所得や可処分時間が減れば、読書に割り当てられるリソースが減ることも予測されます。
上の議論では、本の未来に対してマイナスに作用するこれらのマクロ要因を取り上げていません。このことにご留意いただくと、本の未来がどれほど厳しい環境に晒されるのかがイメージいただけるかと思います。


さて、ここで少し立ち止まってみます。
そもそも、本の未来が明るくないことに何か問題があるのでしょうか?

今まで人類が書いた本が無くなる訳ではありません。それらの本は今後も長らく売られるでしょうし、電子書籍であれば劣化することもなく未来に残るでしょう。

下降トレンドにある市場では、独特の閉塞感があるようにも思えますが、それを深刻に捉えなければ幸せでいられるかもしれません。書きたい人は書きますし、読みたい人は読みます。市場全体が盛り下がったとしても、本を通じて幸せになる著者・読者が全くいなくなるということは(おそらく)ありません。

極端な話、人類の歴史を振り返れば、需要がなくなり消えた産業が数えきれないほどあるのです。出版業界(の一部)がそのリストに名を連ねることは問題なのでしょうか?
需要がないのであれば、自然淘汰されるのが市場の摂理なのではないでしょうか?

本当にそれで良いのでしょうか。
私の答えはNOです。
ポジショントークになっている部分も多々あると思いますが、私なりに考えていることを、文化的な側面、経済的な側面に分けてお伝えできればと思います。


文化的な側面での一考

(紙の)書店業界の不振と、その文化的側面の重要さ(を旗印にしたロビー活動)がしばしば話題になっています。

「読書」が守勢な上に、電子書籍に対しても守勢になっているのが紙の本です。そしてそれもネットで注文をすれば済む時代です。
局所的な成功もあるとはいえ、リアルな書店業界が全体として不振だということは納得の論理があります。

もちろん、私たちが考えているのはあらゆる形式の「本」と「読書」についてですが、これらについてもリアル書店と同じ袋小路にいるように感じます。

本が売れなければ、著者は減るでしょう。売上・利益が減った出版業界の各社も従来の体制を維持できなくなり、優秀な人材が他業界へ流出することも考えられます。

出版業界が縮小すると、私たちの社会が連綿と受け継いできた出版文化・本の文化が衰退します。

本の文化の衰退。
その言葉の本当の意味を、私たちはまだ知りません。

たしかに、人類の歴史では、宗教上・政治上の理由等で、禁書が行われ、それまでの財産が突如として失われたこともあります。
しかし、今の私たちが生きているような資本主義社会において「ビジネスとして成り立たないから本の文化が衰退した」ことは未だかつて(私の知る限り)ありません。

本は無からは生まれません。過去の本を読んだ今を生きる人によって書かれるのが本です。
本の文化は、歴史を受け継ぎ続けてこそ成り立つのです。

このままでは、私たちが受け継いできた文化を未来の世代に満足に引き継げなくなるかもしれません。

本の文化の衰退は、未来の世代にとって少なからぬ損失を与えてしまうのではないでしょうか。


経済的な側面での一考

問題は文化的な側面だけではありません。私は、経済面でも深刻な問題があると考えています。

資本主義社会における最強のイノベーターたち、ビル・ゲイツ氏、ジェフ・ベゾス氏、マーク・ザッカーバーグ氏、イーロン・マスク氏等は、みんな熱心な読書家です。

日本でも、ソフトバンクの孫氏、ファーストリテイリングの柳井氏等が読書家として知られています。私が個人的にお会いしたことのある日本有数のベンチャー企業の創業者たちも、一人の例外もなく読書家です。

また、読書量と年収には相関関係があると報告する調査(参考:マイナビの調査)もあります。
証明はされていませんが、「読書をする→実用的な知識が増えたり、共感性が高まったり、謙虚になれたり、やる気が出たりする→仕事で上手くいく→年収が上がる」という論理は、ある程度の説得力を持っていると感じます。

矛盾しているように聞こえるかもしれませんが、年収が高いことと社会的に価値があることが一致しない場合も多々あるかと思います。『ブルシット・ジョブ クソどうでもいい仕事の理論』に詳しく記載されています。

これらの事実から、グローバルな資本主義社会で成功するためには「本」を疎かにしてはいけない、と論じて間違いないと、私は考えています。
本の価値を軽視する国が、経済的に豊かであり続けることができるとは到底思えません。

特に、少子高齢社会で資源の乏しい日本では、一人ひとりの生産性を高めなければ社会を回せなくなります。「日本の未来」を良くするために、「本の未来」について真剣に考える必要があるのではないでしょうか。


まとめ・個人的な理由

本の未来について、そして出版市場が縮小した場合の文化的な問題、経済的な問題について見てきました。ここまで論じてきたように、本の未来を考えることは、私たちの文化そのものと向き合うこと、日本経済の未来と向き合うことと同義だと考えています。
私たちの社会を良くすることを考えるのであれば、本は最も真剣に取り組まなくてはいけないテーマのひとつではないでしょうか。

ただ、これは私がこのMissionに取り組もうと思う理由の半分に過ぎません。残り半分は、もっとシンプルで個人的なものだということを白状しておきます。

まず、私は本が好きです。ビジネス書や実用書で体系的な知識を仕入れるのも好きですし、小説やエッセイで誰かの冒険を追体験してみるのも好きです。もちろん、マンガも大好きです。
私にとって読書は、物事を突き詰めた人生の先輩たちと対談することのできる最良の手段であり、そう考えると人生で得られる最も贅沢な体験のひとつでもあります。
本を通して、私はアリストテレスと対話できます。マーケティングの巨匠コトラーの講義だって受け放題ですし、伝説のソフトウェアエンジニア、ケント・ベックのリアルな苦労話を聞くことだってできます。著名な社会学者の実地調査に同行することもできますし、福沢諭吉や松下幸之助など偉人の説教も聞けます。しかも、全員が私のペースに合わせて懇切丁寧に対応してくれます。本ってめちゃくちゃすごくないですか?

また、私は、人生の大事な場面で本に支えられてきた過去があります。留年後の就活で悩んだとき、新規事業を任せてもらえたけど何をすれば良いか全く分からなかったとき、起業して右も左も分からないとき、落ち込んだとき、もう少し頑張る力が欲しいとき。
躓きの多い人生なのですが、その要所要所で、前へ進むための勇気とアイデアをくれたのが本であり、それを書いた著者でした。

そんな経験を持つ私は、ひとりの本好きとして、出版業界が縮小するのは寂しく思いますし、逆に盛り上がれば嬉しく感じます。
本が好きな人を増やしたい。そして本好きに溢れる世界で色んな人と交流して楽しく生きたい。
私の仕事の動機の半分は、そんな自分勝手なエゴです。解決すべき社会課題はたくさんありますが、その中で「本の未来」を選んだ背景には、私自身の本に対する思い入れもあるのです。


「共創する。」

「共創する」という言葉には、私たちの経験と実感が込められています。この数年を通じて、本の未来を、読者の皆さま、著者の皆さま、業界の皆さまと一緒に創るチャレンジをしていきたいと、より強く思うようになりました。

業界の皆さまにとって、当社のような(出版業界出身でもない)新興企業のアイデアに協力することは、簡単なことではないかと思います。
コンテンツ管理のリスクはないのか、財務状況は安定しているのか、著者のために働いてくれるのか、読み手が嬉しいサービスなのか、売上は立つのか、長い目で見て良い影響があるのか、そもそも時間を割いてまで話を聞くべき相手なのか…等、色々と懸念事項があったかと思います。

そんな中でも、私たちが話した方々には、当社のサービスを成功させるためのアドバイスを惜しみなくいただきました。また、取引をさせていただいている皆さまには、上述の懸念等もあった上かと思いますが、サービスの立ち上げに不可欠なコンテンツを快くご提供いただきました。

こうした経験を通して、事業を思い描くのと実際にやってみるのとでは全く別物なのだと痛感しました。正直、自分たちだけで事業の構想を描いたときは「早く誰かに話したい!このアイデア、関係者全員のメリットになる設計でしょ?すごいでしょ?」「とはいえメチャクチャ不安もある…もしかしたら誰にも必要とされないものかも…なんか怖いし誰にも話さずに止めようかな」という、自分よがりな考えが過半を占めていました。
ですが、多くの方々にご支援いただき、いただいたアイデアや情熱で事業が実際に動いたり、形を変えていったりするのを目の当たりにすると、「この事業は、もはや自分たちだけのものではない。関係者全員でつくっているものなんだ。」という感覚になったのです。関係者と意見をぶつけ合い、それぞれがどんな想いで業界や社会のことを考え、何を目指して仕事をしているのかを知ることで、事業に対する考え方が大きく変わっていきました。

事業の構想を描いた時点の私たちだったら、どんなMissionを立てたでしょうか?おそらく「本の未来を、創造する。」でしょう。ですが、今の私たちには、関係者の皆さまと一緒に事業を進めてきた経験と実感があります。それを「共創する。」という言葉に込めました。


Missionに対する評価・Missionの検討過程

決意を持って制定したMissionですが、副作用もあると思っています。

第一に、伸びる市場に参入する会社とは見なされなくなります。伸びる市場へ参入することはビジネスの鉄則のひとつです。それゆえ、伸びない市場に参入するスタートアップは、もれなくVC(ベンチャーキャピタル)からの資金調達で苦戦します。

Missionそれ自体がVCからの調達を左右するほどの影響力を持つとは思っていません。
VCの方々は次の産業をつくるべく、また限られた時間内で投資先をEXITに導き収益を上げるべく、スタートアップに投資をしています。その論理と自社の事業の性質が合致するか、そして経営陣がその事業を経営していく素質を持っているかがより重要です。
ただ、Missionがスタートアップ経営における大事な拠り所であることは(少なくとも当社においては)間違いなく、事業や組織の性質とも密接に結びついています。この意味で、伸びない市場に身を置くことを宣言するMissionを定義すると、資金調達が難しくなると考えています。

VCからの調達を考えなかった訳ではありません。最終的には、ステークホルダーの中で誰を優先すべきかを考えて今の決断になっています。
私たちの優先順位は「顧客(読者) > 著者・出版業界 > 社員 > 株主」です。
下降トレンドにある出版業界から利益を吸い上げるビジネスを作ってしまっては本末転倒です。私たちは「業界の未来をつくる先兵の役割を果たした結果として、その利益の一部を受け取る」という仕組みをつくるまで、株主には還元できません。
そしてその仕組みの実現のためには、相応の時間…おそらくVCの方々が求めるよりも長い時間がかかると思っています。現時点では、私たちの力と実績が圧倒的に足りず、投資家の方々と目線を合わせられないのです。
もちろん、将来的には、資金調達に舵を切る場合もあると思うのですが、それは株主よりも優先すべきステークホルダーをある程度満足させられる仕組みを実現できていることが前提となると思います。

もし、当社がVCからの資金調達を優先するなら、Sharelot(当社が運営する企業向け電子書籍読み放題サービス)をベースとして「eラーニングで、企業の生産性を底上げする」「全てのビジネスパーソンに学ぶ喜びを」などのMissionにした方が合理的です。そうすれば、当社の事業を右肩上がりで伸びているeラーニング市場に位置付けることができます。
あるいは「マンガを世界中の人の手に届ける」というMissionにして、電子書籍の中でも安定して拡大するマンガ市場に参入するのだと説明するのも良いでしょう。
これらの選択の方が結果的に本の未来を明るくできるのかもしれません。会社を分身させられるのであれば両方とも検証したいところですが、上述の通り、この世界線での判断は別のものでした。

第二に、当社のMissionは、(誤解を恐れずに申し上げると、)需要側よりも供給側の視点に立っているように受け取られかねず、Missionとしてあまり「イケて」いません。ビジネスでは、最も大事なステークホルダーはお客様です。「本の未来じゃなくて、私の未来をどう良くしてくれるの?」というのがお客様目線であり、その疑問に答えるのが優れたMissionです。

このようなデメリットも見えていたゆえに、Missionの制定ではかなり悩みました。いくつも案を出し、それぞれ以下のようなストーリーをつくりながら、シミュレーションを繰り返しました。

たとえば、お客様目線に立ち、「本の力で、ココロトキメク世界をつくる。」というMissionを制定したと仮定します。

私もココロトキメク世界で生きたいので、このMissionには好感を持ちます。私以外の多くの人も、退屈な世界よりもココロトキメク世界で生きたいのではないでしょうか。
ココロトキメク世界のためであれば、どんな苦労も成功までの道のりにあるスパイスに過ぎません。社員も私も、意気揚々とMissionのために頑張ろうと思えます。

さて、Mission制定から3年が経ちました。
一桁の人数だった会社には多くの個性的な仲間が加わり、今や50人になりました。
素晴らしいMissionとそれに沿った事業・組織運営のおかげで資金調達もスムーズに進められました。
しかし、事業は思ったよりも伸びません。

成長が鈍化したスタートアップは、社員にとって相当のストレスがかかる環境です。
ある日、社員のひとりがポツリと迷いを口にします。

「ウチの会社って、本当は何がしたいんだっけ?」

この類の迷いは、若くて伸び悩む組織ではよくある話です。
私は、「ついにこの時が来たか…」と思いつつ、社員合宿をして自分たちのあるべき姿を見つめ直すことにします。

社員は口を揃えて言います。
Missionである「本の力で、ココロトキメク世界をつくる」に賛同して会社に入ったのだと。
Missionが社員の拠り所として機能しているようです。
ですが、ある聡明な社員が別の切り口から意見を投じます。

「当社のMissionでは、本が手段で、ココロトキメク世界が目的だ。出版市場は伸び悩んでおり、読書をする人や読書時間は益々減っている。本という手段に固執することで、ココロトキメク世界の実現にコミットできなくなるのであれば、それは本末転倒ではないか?」

と。

困ったことになりました。
代表の私が取れる選択肢は2つです。
本にこだわって空中分解を起こすか、本へのこだわりを捨てて「ココロトキメク世界」を追及するか。
今や私は50人の社員とその家族の人生を背負う立場です。
私はメンバーの表情を伺いながら、後者を選ぶことでしょう。

「最初は本にこだわっていたが、自分たちでコントロールできない消費性向の変化があった。我々も変化に適応しなくてはいけない。ココロトキメク世界の実現に向けて、もう一度みんなで頑張ろう!」

などと言って。
社員合宿の後、当社のMissionは「ココロトキメク世界をつくる。」に変更されました。
本に関する事業への投資は打ち切り、その時代で伸びそうなココロトキメク事業にピボットします。それが、当社にとって「ココロトキメク世界」をつくる最短ルートだと信じて。

シミュレーションを繰り返す中で、私はどうしても「本」を外したくないと思っていることが分かりました。

市場が伸びていないので先々で苦しい想いをすることになる可能性は高いです。VCの担当者から「なぜ今の時代に本を?本よりは動画とか、本をやるにしても要約とかオーディオブックの方が良いのでは?」と温かくも厳しい助言をいただいたことは一度や二度ではありません。

それでも、私は自分を導いてくれた本の力を信じていますし、素晴らしい作品を生み出す著者・出版業界の皆さんの情熱を信じています。そして、業界の皆さんとお話しするようになって、益々その確信を強くしています。
私は、苦しい場面が来たとしても「本」にこだわりたいですし、おそらくその場面を「本」から学んだことで切り抜けられると信じています。

こうして、当社の中心に据えるべきは「本に対する情熱」だと悟りました。私たちの会社は、どんなに苦しい時も、本という題材から離れずに道を切り拓いていく覚悟を持つ会社です。
未来の社員には、決して甘くない出版業界の現実を伝えます。それを承知してもらった上で、本の未来をみんなで創ることにチャレンジしてもらいます。それを表したMissionが「本の未来を、共創する。」なのです。

ちなみに、一般的なMissionと比べると供給側の視点が強く感じられるとはいえ、需要側を疎かにするという話ではありません。
私は、本の未来の半分以上は読者が握っていると考えています。
読者にとってどんな体験であれば読書という選択肢が魅力的に感じるのか、今までの読書体験でどんなところが不満に感じるのかなど、読者の体験の中に、明るい本の未来を創るヒントがあると思っています。
当社は、事業ドメインとしては読者に近いところから「本の未来」をつくっていきます。読者の未来をつくること、それが本の未来をつくることに繋がると信じています。


Q&A

この記事を自分で読んでいて疑問に思ったことを中心に、Q&Aを記載します。


Q)出版関係者は、「本の未来」をどう考えているのですか?

私がお会いした出版関係者はまだ数十名程度ですが、ほとんどの方が「本の未来」について真剣に考えていらっしゃいます。
上にあげたような出版市場のトレンドや、今後の市場変化に影響しそうな要因については、業界の方々は私たちと同じかそれ以上の理解をしていると思います。
その上で、それぞれの持ち場で「本の未来」に対して、あるいは著者や読者に対して、それぞれの仕事の最大限の価値が発揮できるように動いています。
余談ですが、出版関係者は情熱に溢れた人が多いです。私の運が良いのかもしれませんが、関わらせていただいた皆さまは本に対する並々ならぬ愛情とプライドを持って仕事をしています。これは、私たちが出版業界に入って良かったと心から思える理由のひとつでもあります。


Q)具体的にどのようにして「本の未来」を創っていくのですか?

今まで存在しなかった革新的なサービスを社会実装することによって創ります。
いわゆる「銀の弾丸(=万能な解決策)」は存在しないと思っています。その前提で、まだ誰も検証していないことにチャレンジし、道を切り拓いていければと考えています。

なお、現時点で当社が開発・運営しているサービスは、以下の4つです。

  • 企業向け電子書籍読み放題サービス「Sharelot」(https://sharelot.jp/

  • ビジネスパーソンのための課題解決メディア「Sharelot Lab」(https://lab.sharelot.jp/

  • 読書好きのための電子書店「Sharelot書店」(2023年11月リリース予定)

  • 引用・参考文献を探せる書籍紹介サイト「引用ドットコム」(https://in-yoh.com/

これらのサービスは、今までのサービスには存在しなかった要素を持っており、それぞれに本の未来を変え得るポテンシャルを持っていると信じています。
私たちは、ステークホルダーの皆さまと協力しながら、これらのサービスを社会実装することを通して、本の未来を創っていければと考えています。


Q)今のMissionではVCからの資金調達が難しいと書いていましたが、Missionを変えた上でVCから資金調達をし、事業を短期間でグロースさせた方が「本の未来を、共創する。」という考えをより推進できるのではないですか?

たしかにその考えもありますね。
そうかもしれないですし、そうではないかもしれません。
その考え方が正しいのか、それともMissionを貫き通す方が正しいのか、究極的には答えが出ることはないと思います。分身してどちらも同時に検証したいです。

その前提で、質問の通りにしない意図の半分は、事業の性質に由来します。
私たちの事業には、本の権利者(著者・出版社)という、大切なステークホルダーがいます。
私たちの事業の性質からして(そして私たちの想い・矜持としても)、本の権利者に対しては誠実に向き合い続ける義務があります。

一方、資金調達をしたスタートアップには、そのお金を使って短期間で事業をグロースさせる義務があります。

本の権利者に対して誠実に向き合い続ける義務と、短期間で事業をグロースさせる義務。この二つは高確率で競合します。もちろん、本当にそうなるかはやってみないと分かりませんが…。
いずれにせよ、二つの義務を同時に果たし続けるのは、(ましてやMissionを変更して「本」というテーマさえも絶対的ではなくなった資金調達後の状態では)困難を極めるでしょう。

もう半分は、心理的なものです。
資金調達をした経営者は、EXITするか倒れるかまで、逃げることは許されません。
自分たちの心に合致しないMissionを掲げて、10年以上の期間を全速力で走り続けられるのかと聞かれたら、私には自信がありません。

あくまでも、私たちの想いは「本の未来を、共創する。」です。
この想いを叶えるには、本の権利者との協力が不可欠。
だからこそ、私たちが第一に果たすべきは「本の権利者に対しては誠実に向き合い続ける義務」です。
その義務・矜持を疎かにしかねない選択肢を取るべきではありません。



以上です。

長文お読みいただきありがとうございました!


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