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人生の続きなんて誰にもわからない

人生はいとも簡単に変わってしまう。

大学では教育学科を専攻し、卒業後には教師として働いているはずだった。でも教師にはなりたくなくて、IT系のベンチャー企業に就職している自分がいた。

「よし、誰よりも成果を上げてやる」と息巻いていたベンチャー企業では、MLMに無理矢理入会させられて、精神がやられたため、わずか2ヶ月で辞めることに。そこから某IT企業に転職し、独立までの3年半をそこで過ごした。

社会人生活をしていると、ひょんなことからなぜか文章を書くことになり3年の歳月を経て、文章を書くことが仕事となった。

高校を卒業した当初の自分には今の自分の姿を想像できなかっただろう。文章を書いてお金を頂けるということは知っていたけど、ライターという仕事で生活を成り立たせている人は知らなかった。

文章を書くといえば、小説家やジャーナリストなど誰でも知っているような職業をしている人だけ。自分とはかけ離れた存在で、とてつもない才能の持ち主にしかできないことだと信じて疑わなかった。

高校を卒業した自分は、大学を卒業して教師になり、子どもたちのために、奮闘している自分を想像していたに違いない。間違いなく自分が文章を書いているということは想像すらしていなかっただろう。

でもなぜか今はフリーライターとして活動している。文章を書いている人と出会わなかったら僕はきっと文章を書いていない。

知り合いからお仕事を紹介してもらったりして、少しずつ実績を積むことができている。そんな素敵な人と出会うことができていなかったら今の自分は絶対にいない。

間違いなく言えることは、僕はとてつもなく運が良い。運を引き寄せることができる人間で、どう考えても強運の持ち主なんだと思う。

素敵なご縁に導かれていなかったら、一体どんな人生を送っていたんだろう。それを知る由もないけど、今となってはどうでもいいことだ。

たまに素敵な文章に出会い、自分の非力さに絶望してしまうことがある。圧倒的な敗北感。自分では敵わないと思う書き手さんがこの世界にはたくさんいるけど、なんとか僕も文章を仕事にすることができているということも確かな事実だ。

素敵な感想をもらえることもあるし、自分も誰かの役に立つ文章を書くことができていることは非常に嬉しいこと。でも慢心する気なんてさらさらなくて、もっと素敵な文章を書きたいって、敵わないと思う人たちを見て強くそう思う。

文章で人の感情を良い方向に揺さぶったり、時には悲しみや苦しみに寄り添う文章も書きたいし、誰かの背中を押すような文章を今後も書いていきたい。

話が変わるけど、僕は30歳までに大きな結果を出せなかったら文章を書くのをやめようと思っている。期限を決めない夢には全力で立ち向かえない。だらだらとやり続けるのは時間の無駄だ。僕らには残された時間は多くないからね。

自身を奮い立たせるために、夢に賞味期限をあえてつけてみる。そうすることで、全力を尽くすことができるから。

ちなみに大きな結果とは、どこかで賞を受賞することなのか、お金を指標にするのかはまだ決めていない。

でもお金が大きな指標になることは間違いない。お金がなければ生活を成り立たせることができないからね。生活を守るために、僕たちはお金を稼ぎ続けなければらない。

たとえ大勢の人に響く文章を書くことができなくたって、目の前の人にとって良い文章を届けることができるかもしれない。届けたい人に届ける文章をしっかりと届けていきたいね。

人生は想像を簡単に超えてくる。どんな人生になるかなんて神様以外知り得ないのであろう。

でも良い結果を生み出せるかどうかは自分次第だ。

そして、自分が誰かの背中を押すことだって十分にあり得ること。

誰かとの何気ない会話がきっかけで誰かの人生の舵が急に変更されることもあるから。

人生の続きなんて誰にもわからない。

いざチャンスが目の前に転がってきた時に、すぐに飛び込めるように、きちんと準備しておこう。

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