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かつてわたしたちは、1Rのアパートに収納されていた

かつてわたしたちは、1Rのアパートに収納されていた。シングルベッドが生活空間の半分以上を占める空間。あまりにも狭すぎる部屋に存在していた心の狭い2人。窮屈といえば窮屈だったけど、人間が2人で住むには十分すぎる空間だった。

夜、目が覚めたときに、恋人が横にいる安心感。背中を向けて寝ている恋人を後ろから抱きしめながらまた眠りにつく。朝、目が覚めたときに、ほのかに香る焼きたてのトーストのにおい。「朝だよ、起きて。今日仕事でしょ」と、優しく声を掛けてくれるそんなあなたが好きだった。

「だった」と表現している理由は、わたしたちの関係が破綻したためだ。価値観のちがいと言えば、聞こえはいいかもしれない。でも、真実はわたしが抱いた「嫉妬してほしい」という気持ちが招いた結末だった。3年という長いようで短い年月を、共に過ごしてきた。そういえば最初に興味を持ってくれたのはあなただった。当時のわたしは、恋人がいたため、他の人と交際が始まるとは1mmも想像していなかった。それが付き合うどころか3年もお付き合いしていただなんて、当時のわたしが聞いても信じてもらえないに決まっている。

彼は嫉妬しない男だった。わたしが男性のいる飲み会に行っても、なにも言わずにそっと送り出してくれる。優しいと言えば優しいし、女心に鈍感といえばそれも事実だ。わたしは彼と真逆で、嫉妬ばかりしていたため、彼にはわたしの気持ちはわからなかったに違いない。わたしに興味がなかったわけではないと思う。嫉妬心を抱かない人はたまに存在する。彼はその類の男だった。だから、意地でも嫉妬させたかった。それが2人の関係を破綻させる全ての元凶だった。

ある日を境にわたしは、彼が嫉妬するように仕向けた。あえて男性と2人で飲みに行ったり、遊びに行ったりもした。少しは嫉妬と思っていたのだけれど、なんの変化もない。本音を言えば、わたしが他の男性と話しているときに、もっと嫉妬してほしかった。「先に寝てていいよ」のLINEも、「会えなくて平気だよ」の強がりも全部嘘だった。最後まで気づかないまま2人の関係は破綻した。つまりは、あなたのわたしへの愛を確かめるためのただの強がり。誰にも奪われたくないと焦ってほしかったし、誰かに奪われないためにもっと必死にわたしを見ていてほしかっただけだし、わたしにずぶずぶと溺れてほしかった。

嫉妬してほしいと願えば願うほど、あなたへの思いに苦しむ。あなた以外の男性には興味がないのに、あなたの興味を引くために別の男性を利用する。そして、わたしが誰かといるだけで、不機嫌になり、LINEや電話をすべて無視してしまうような拗ねたあなたを見たかった。嫉妬された事実に幸せと愛を感じ、あなたに必要とされている確証が欲しかった。

いつしかあなたは素っ気なくなった。嫉妬していたわけじゃなくて、わたしにただ呆れていただけだ。優しい人は相手を見捨てた瞬間にその優しさを別の誰かへと向ける。そして、別の女を作って、2人の部屋を後にした。別れは唐突にやってくる。いや、別れの前兆にわたしが気づけなかっただけだ。彼の態度が変わったと気づいたときに、わたしが変わればよかった。

そもそもあなたの気を引きたいと思わなければ、2人の関係は破綻しなかった。ずっと後悔の渦に飲み込まれている。ずぶずぶに溺れていたのは私の方だった。後悔は何の役にも立たないし、次に活かしたところで、あなたがいないのであれば無意味な行為に等しい。やり直したいのではなく、私が犯した過ちをただ許して欲しいだけだ。共に過ごした3年間の中で、わたしはあなたの人生の輪郭さえなぞれなかった。恋は歩み寄りが大切なのに、わたしの意固地が邪魔をした。だから終わった。ただそれだけのこと。愛は幻想で、2人が迎えた結末はたしかに現実だった。

いまじゃもうあなたの幸せは、わたしの不幸せになりつつある。少し前までは、2人の幸せは2人のものだった。お別れしてもなおあなたに叱られたいし、褒められたい。もう2度とあなたからなにももらえないのであれば、その程度のことを望んでも問題はないでしょう。

あなたがいなくなって、1人でも生きていける事実を知った。そして、あなたがいなくなって1Rのアパートも広くなった。いつかどこかでお会いしたときに「あの時は若かったね」とか言って、笑って誤魔化すのが目に見えている。また出会ったとしても知らないふりをする。それだけは心に決めているのだから。

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