とっておきの記念日

彼女と喧嘩をした夜、相手の逆鱗に触れる言葉で彼女を傷つけた。喧嘩の原因はほんの些細なすれ違い。きちんと話し合えば分かり合えるはずのものでも、理性を失った途端、大きな事件へと発展してしまう。

僕の発言に泣きながら怒る彼女。僕には彼女に対する配慮が足りなかった。相手の触れてはならない輪郭に、まんまと触れてしまったのだから怒るのは当然のこと。怒りが頂点に達し、涙を流しながら怒った末に、過呼吸を起こしてしまった。あわてふためく彼女に、僕ができることは精一杯彼女を落ち着かせることしかなかった。

深呼吸を起こしてしまった彼女を見て、「ああ、なんて酷いことをしてしまったんだろう」と本気で後悔をした。人は怒りの頂点に達したとき、自分の感情をストレートに包み隠さず、相手にぶつけてしまう傾向がある。言葉を発する前に、一度飲み込んでしまえばいいのに、冷静さに欠けた状態では、そんな簡単なことさえも忘れてしまうのが僕の悪いところだ。

過呼吸もすっかり収まり、自分の言いたいことをぜんぶ言って、すっきりしたのか彼女はスヤスヤと僕の横で寝てしまった。彼女の寝顔を見て、こんなに可愛い寝顔の女性でも、我を忘れることがあるんだなと思った。

横ですやすや眠る彼女とは違い、自分はまったく眠れないまま朝を迎えた。

朝を迎え、喧嘩の事実に一切触れず、自分と僕の2人分の朝食を鼻歌を交えて作っている。昨日の喧嘩がまるでなかったかのような振る舞い。女性の方が男性よりも何枚も上手だなと思ってしまった。

喧嘩をした翌日。なぜか花を贈りたくなった僕は、仕事終わりに家の近くの花屋に足を運んだ。自分が許されたかったからなんだろう。花で相手の機嫌を取ろうなんて、思考があまりにも短絡的すぎる。

マーガレットアイビーの花言葉は、「変わらぬ思い」。僕が彼女を思っているのは事実だから、、洒落っ気を交えて、マーガレットアイビーを購入した。

どうやら彼女は会議が長引いて、帰るのが僕よりも遅くなるみたいだ。昨日の喧嘩に申し訳なさを感じている僕は、普段は作らない料理も作った。包丁さえほとんど触ったことがない僕は、クラシルをダウンロードし、レシピを探し、シチューを作る動画を見ながら、彼女の大好物であるシチューを作った。

料理を終えてホッとした束の間に彼女から「今から帰るね」とLINEが入り、なぜか胸がドキドキしている自分がいた。きっと花束を渡す行為を生まれて初めて人にするからだ。喜んでもらえなかったときの感情のやり場はどうすればいいのだろうかなど色々考えているうちに、彼女が家に帰ってきた。

「なんだか今日はすごくいい匂いがするね」と嬉しそうな彼女。そして、喜んでもらえなかったらどうしようと不安げな僕。一目散にシチューに目をやり、「ねえ、あなたが作ったの?ねえ、食べていい?早く食べようよ!」とやけに嬉しそうにまるで子どものようにはしゃいでいた。

笑顔で美味しそうにシチューをほうばる。どうやら気に入ってくれたようで、心の底から安堵してしまった。ご飯を食べ終わり、満足気な君は、いつも通りテレビを点け、いつも通りテレビに向かって満面の笑みを浮かべていた。

トイレに行ってくると嘘をつき、花束を取りに寝室へと足を運ぶ。花束を手に取り、テレビに向かって満面の笑みを浮かべる君に花束を渡す。

「なんかおかしいと思ったんだ。あ、もしかして昨日のことまだ引きずってる?ははは。もう気にしてないから普段通り過ごしてくれればいいのに」

彼女の優しい言葉に救われた気がした。そして、なぜか彼女はマーガレットアイビーの花言葉を知っていて、「変わらぬ思いなんて笑える」と言いながら、花束を嬉しそうに受け取った。

「今日は初喧嘩の仲直り記念日だね。」と僕に微笑みかける君。

なんでもない日を、まんまと記念日に変えてしまった彼女。またお祝いごとが増えたと少しめんどくさがる僕。でも嬉しそうな彼女を見て、なんでもない日が記念日になるのも悪くないとそう思えた。

彼女の微笑ましい顔を横目に、僕は「初喧嘩の仲直り記念日」とGoogleカレンダーにそっと記入してみる。

「どうせ君は忘れてしまっているだろうから、なんでもない日の記念日をまた来年も君とお祝いしよう」と僕は心に決めた。

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