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「後悔」を花びらに添えて
電車に揺られる午後7時、車内の中吊り広告の女性が笑う。
仕事が終わり、彼女に会いに行く道中だった。
毎週水曜日。お互い残業がない日に君に会いに行くことが日課になっている。かれこれ半年は君のために水曜の夜を費やしていたっけな。
報われない恋。それともこの恋は報われるのか。まだ二人はその答えを知らないままでいた。
お互いに相手に惹かれているという自分の気持ちはわかっている。でも二人が近づけば必ず実る恋も、何らかのきっかけがなければ報われることはない。
告白してしまえば何かが変わる。振られたらどうしようというお互いの思いがお互いを一緒にすることを認めなかった。
水曜日、仕事が終わり君に会いに行く夜。中吊り広告の女性は僕に微笑みかける。その微笑みはなかなか踏み切れない僕を嘲笑っているのか。それとも二人の幸せを祝福しているのかどちらなのかはわからなかった。
電車を降り、君がいる街へと足を踏み入れる。改札口で待つ君はまるで大輪に咲く花のようだった。
そういえば君は咲いて開いて朽ちていく花が好きだったよね。
「綺麗なままで死んでいきたい」という言葉が君の口癖。
咲いた花は役目を終えて朽ちていくだけ。朽ちた花には値段は付かない。
人間だって死んでしまったらおしまいだ。死ぬまでは命には価値がある。でも君は「いつまでも綺麗なままじゃないと、私の命に価値はない」と言っていた。
花は散り際に値段という価値が付く。では僕らの命にはいつ価値が付くのだろうか。わかりやしないけど、きっと価値が付くとしたら花と同様散り際なんだろう。
「お待たせ」
「今日はなんだか疲れちゃったからお酒が飲みたいの」
君のリクエストにお応えして、駅近にある大衆居酒屋に行くことになった。
生ビールの乾杯の音。始まりの合図なのだろうか。君はいつも見ていて気持ちが良いぐらいの飲みっぷりだった。ちなみに僕はお酒が全く飲まない。
酔いつぶれた君を家に送ることが僕の使命。1杯でも飲んでしまうとこちらが潰れてしまうから断じてお酒は飲まなかった。
二人の関係性は健全だった。週に1度お酒を飲みに行くだけで、何の発展もない。手を繋いだこともなければ、キスをしたこともない。僕はお酒を飲んで潰れる君を介抱するだけの役目だった。
二人はお互いに惹かれ合っていることを二人は知らないまま。お互いに勇気が出ないまま半年の歳月が経ってしまった。こういう時は男がシャキッとしなければならないのに、なかなか勇気が出ない。
「今日もきっと終電の前に一人で家に帰るんだろうな。」
君を奪い去る勇気が出ない僕は、自分の不甲斐なさにただただ落胆していた。
「私ね。昨日彼氏ができたの」
「私は君のことが好きだった。でもお互いに何のアクションもなかったから、私の思いを最後に君に伝えることにしたの。」
なぜ君に「好き」と言えなかったんだろう。「後悔」という言葉が脳裏に過ぎる。僕は愚かで馬鹿だった。
君の気持ちに気付きながらも行動に移さなかった罰を今まさに受けている。
「今までありがとう。君も誰かと幸せになってね」
繋ぎ止めれなかった手。お酒を飲みながらなぜか君は泣いていた。
君に内緒で買った小さい薔薇の花。「後悔」という花びらを添えて。
最後に渡す君へのプレゼントは愛の告白ではなく、別れを告げる花びらになってしまった。
「花は散り際に値段という価値が付くの」
僕たちの関係性にはどんな価値が付いているんだろうか。
ただ一人立ち尽くす午前24時。終電。
車内にて中吊り広告の女性が僕にそっと微笑みかける。
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