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終わりのない想いを馳せて

深夜1時。真っ暗になった部屋には空気の音だけが流れる。ベッドの中でふと考えた。自分のものにならないと知りながら共に過ごす夜ほと虚しいものはない。断ろうと思えば断れるのだが、一回の断りで彼との関係が断たれる可能性を考えた途端に、彼の誘いを断れない自分がいる。

隣で寝転がる彼の腕の温もりがまるで嘘みたいだ。確かに隣にいるはずなのに肝心の心が感じられない。都合のいい関係性と言われれば、事実なのだけれど、私にとっては都合の悪い関係性でしかない。獣みたいに求め合った痕跡が白いシーツにこびりついている。すぐにでも洗い去ってしまいたい。この染みも洗ってしまえば全部なくなって消える運命で、先程の2人の行為にも何の意味もない。

「じゃあ寝るね」という声が聞こえた。私は見向きもせずにうなづいてそっと目を閉じる。5分も経たないうちにすーっと彼の寝息が聞こえてきた。その音に苛立ちを覚える。隣に眠れない女性がいるというのに、こいつには緊張感がないのだろうか。もうすでに寝てしまっているため、この感情は亜な彼には伝えられない。

布団の中から腕を出して、彼の頬を優しく撫でる。やり切れない思いがどんどん溢れ出す。未来のない現状に打ちひしがれていく音が聞こえた。どれだけこのまま朝が来なければいいと願っても、やがて朝はやって来る。国道を走る車の音がやけに心地いい。いつの間にか彼ではなく、窓の奥から流れてくる音に意識を持っていかれている私がいた。

陽が登った辺りからの記憶がない。いつの間にか寝落ちしていたようだ。部屋を見渡すと、彼はもう部屋にはいない。食パンの空き袋とキッチンで乾かされているマグカップが昨夜彼がこの部屋にいたことを証明している。朝ご飯の支度をしていると、彼から「また仕事が終わったら連絡する」とLINEが来たのだけれど、どうもうまく喜べない。これが恋人同士だったら嬉しいに違いない。だが、2人の関係性に未来はなく、私が彼に都合良く振り回されているだけだ。

男友達に彼のことを相談すると、「君は軽いんだよ」と説教をされた。彼の言葉通り私の心が軽ければどれほど良かっただろうか。彼に抱かれるたびに、心がどんどん重くなっていく。もう戻ってこれないかもしれないと思うほどにだ。都合がいい関係という事実は言われなくても本人が一番理解している。だが、感情がうまく体についてこないのだ。ダメだとわかっているからこそ手を出したくなっている。これは完全に末期症状だ。

いつの日か彼が今も忘れられない人がいると言っていた。結婚を視野に交際をスタートし、その計画は順調に進んでいたそうだ。だが、突然彼女から別れたいと申し出があり、彼は現実を受け入れられなかった。彼女を失った後悔からもう2度と誰も信じないと誓った。それ以来、彼は誰とも交際せず、都合のいい関係ばかりを築いている。彼のぽっかり開いた穴を埋めてあげたいと思った。

でも想像以上に彼は傷ついていて、その役目を果たせなかった。
いつだって突然別れを告げられるのは怖いものだ。現に私も突然彼が離れるかもしれないとずっと怯え続けている。彼が嫌がる部分を踏んでしまわないように気をつけているのだけれど、今この瞬間にも彼に嫌なことをしているかもしれない。彼は決まって「君はどこにも行かないでくれ」と言う。私は「もちろんだよ」と返すのだけれど、まだ彼は私の言葉を信じていない。

この恋はどちらが悪いわけでもないからこそ、非常にタチが悪いのだ。全部を彼のせいにできたらいいのに。どんどん重くなっていく私の心が軽くなって、この関係性に終止符を打ちたい。でも、それはまだずっと先のようだ。先にどちらかが折れない限りは、この先も未来のない関係が続いていく。今のところ私が折れる見込みはないため、彼が折れてくれることをずっと願い続けている。窓の奥からセミの声が鳴り響く。1週間しか生きられないセミが羨ましいと思った。

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