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砂の城

罪悪感を撫でる。犯してきた罪の数々がうなじの奥から体内へと侵入してくるのがわかった。後悔はないと思いたいが、それは嘘だ。なんであんなことをしてしまったんだろうと過去の振る舞いの数々を恐ろしいほどに後悔した。

「もう無理!別れる!さっさと出ていって!」

部屋の中で彼女の怒号が盛大に鳴り響く、と同時に2人の写真が入った写真立てが割れる。逃げるようにして部屋を後にした。まだ空が明るかった。家から5分ほどの場所にある公園のベンチに座る。無邪気に走り回る子どもたちの声が耳の奥まで鳴り響く。ついうるさいとか細い声が出る。砂場に目をやると子どもが城を作っている。僕たちの城は砂のように簡単に崩れ去った。

どろんこまみれの服が辺りを走り回っている。呆れてしまうほどに純粋な心がずらりと並ぶ。荒んだ心と楽しそうな風景は相性が悪い。後悔の数を数えながら、至らぬ部分に目を向ける。言わないでいいことは言わなくていいことだ。頭では十分すぎるほどにわかっているつもりだったが、結局口にしてしまい彼女の逆鱗に触れた。喧嘩の理由はほんの些細なことだ。いつもならすぐに仲直りできる程度のものだったが、小さな不満が少しずつ積もり積もって、大きな爆発を呼び起こした。もう元には戻れないかもしれないと悟った瞬間に、故意に相手を傷つける言葉を放ったことを後悔した。

彼女は優しさの塊だった。何をされても、文句を言わない。まるで服従していたかのようにも思える。彼女の優しさに甘えていたのが僕だった。優しさは一定のラインを超えた瞬間に暴発する。優しい人は怒らせない方がいい。そんな言葉使うんだと思う言葉をいくつも放ち、相手の心を徹底的に折る。優しい人は、相手が喜ぶことを知っている。裏を返せば、どうすれば相手が傷つくかを知っているということだ。徹底的に研がれた刃の勢いは、いとも簡単に相手の急所をも突く。最愛の人に投げられた刃の衝撃が重すぎて、まだ立ち上がることができないままだ。

今回の喧嘩のきっかけはほんの些細なことだった。そう言ってしまえるのは、他人事だからだ。当事者からすれば、自身の心を砕くに値するものだったのだろう。彼女の優しさに気付けない自身の甘さが招いたことだった。

深紅に染まった膝を撫でる。割れた写真立ての破片が刺さっているようだ。痛みは後からやってくる。アドレナリンが沸いた状態では、不思議と痛みは感じない。冷静になればなるほどに徐々に痛みが増していく。それと同時に後悔が募っていく。普段は温厚な彼女の荒ぶった姿は今までに1度も見たことがない。もっと早く言ってほしかったはただの甘えなのだろう。こちらが言いにくい雰囲気を作っていた。それが答えで、逃れようのない罪の数々だ。

膨れ上がった日々の不満が耐えきれすに爆発した。どれだけ許しを乞うても消えない罪の多さに途方に暮れる。少しずつ沈みゆく夕日が綺麗だ。やるせない気持ちと少しずつ闇へと変貌を遂げる空がリンクする。夜はずるい。痛みを隠してしまうのだから。それに甘えて全てを無かったことにしようとする自分はそれ以上にずるい。俺が悪かったと誤ったところで後の祭りだ。もう元には「戻れないとわかっているからこそ、2人の部屋に戻るのが怖い。楽しかった時間が走馬灯のように浮かび上がる。

休日にピザを頼んでソファでNetflixを観たこと。自炊に失敗した僕の料理をこれはこれで悪くないねと笑っていたこと。モーニングに行こうと息巻いていたのに、二人して寝坊して笑いあったこと。数え出すとキリがないぐらいに、楽しい思い出ばかりが脳内に浮かんでくる。もうあの笑顔は見れない・それは変えようがない事実で、終わりを告げる鐘は今すぐにでも鳴り響きそうな勢いだ。

iPhoneが光る。すぐさま通知を確認したが、こういう時は決まってニュースアカウントからのLINEが届く。彼女からの連絡かもしれないと少しでも期待した自分が情けなくなる。電話でもいい。とにかく今は謝りたい。でも、きっと彼女は電話に出ないのがオチだ。喧嘩をした時の彼女は決まって、電話に出ない。すっかり静まり返った公園には僕以外誰もいなくなった。グラウンドの端にポツリと置かれたサッカーボール、木の上にかけられているパーカー、水道の蛇口から少しずつ出る水滴、忘れ去られたものたちが、悲しい目をしている。いつかは彼女も一緒にいたことすら忘れてしまうのだろう。

砂場の中央にある砂の城がこちらを見ている。二人で築き上げた城は砂の城だった。外見ばかりにこだわって、肝心の中身に手を抜いた。いや。手を抜いたのは僕だけだ。彼女はこちらに歩み寄ろうと必死だった。優しさに気づけなかった愚かな人間がいた。ただそれだけのこと。深紅に染まった膝が疼き出す。深呼吸をして、彼女との終わりを受け入れた。


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