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夏の亡霊

終電もなくなった深夜。抱えていた仕事を終え、クタクタになった体をタクシーに放り込み、帰路に着く。

ある日、家に帰ると、彼女は合鍵と1通の手紙を残して、荷物と共に去った。ちなみに手紙はまだ読んでいない。どうせろくでもない内容だろう、だから封を切らずに、テーブルの上に置かれたままだ。

以前なら彼女がベッドですやすや寝ていたのに、いまはもういない。以前は夜遅くに家に帰って、君を起こさないように、そーっと寝支度をしていた。そんな生活が少しめんどくさかったけれど、なくなったらなくたったで寂しいものだ。

「今日のご飯はちょっと焦げちゃった。ごめんね」

リビングにはいつも晩ご飯と手紙が用意されていて、確かにそこに愛はあったし、そんなドジな彼女が僕は好きだった、

彼女がいなくなってからずっとコンビニ飯や吉野家の牛丼とかそういう体に良くないものばかり食べている。体に良くないと知りながらも、この便利さからすっかり抜け出せなくなった。

彼女がいたときは、コンビニ飯を食べるたびに、「体に悪い!私がご飯を作るから健康にはちゃんと気を遣ってよね」とよく怒られたものだ。

何事も言われるうちが華だ。でも、何も言われないこの寂しさは、自分が作り出したものなので、誰のせいにもできない。

自分のことを後回しにして、いつも僕のことばかり気に掛ける。僕が熱が出たときも仕事が忙しいのに、ずっと看病をしてくれた。好きなものを食べているときも、最後の一口は好きな人に食べて欲しいという謎理論で、僕に最後の一口を食べさせていた。本当は自分が食べたかったくせに、愛ってやつは凄まじい効力を発揮するもんだね。

ある日、テレビで花火のニュースが流れた。そういえば「浴衣を着て恋人と花火に行くのが夢なんだ」って言ってたっけ。「人混みが苦手だから絶対行きたくない」って言ったら、「だめ。今年の夏は花火を見に行こうね」ってほっぺを膨らませながら、嬉しそうに言っていたよね。

あれ本当は嬉しかったんだよ。照れ臭くなって無視してしまったけれど、今年の夏は一緒に花火に行けるって、1人で舞い上がってたんだよ。ネットで君に会う浴衣ばかり探していたし、ペアルックもいいなとかそんなくだらない妄想ばかりしていた。

でも、いなくなってしまった。合鍵と1通の手紙を残して、彼女は去った。別れ話をせずに、手紙だけ残して去った。話し合いをすれば上手く言いくるめられると思ったんだろう。きっとその判断は正解だ。

彼女はストレスを抱え込むタイプだった、おそらくSOSは出していた。でも、僕がそれに気づけなかった。1人で悩んで、1人で苦しんで、爆発してしまった結果が、この始末だ。

悪いのは僕だ。彼女は何も悪くない。大切にしてくれる彼女を無碍に扱った報いを受けたまでだ。彼女の愛情がずっと続くと勘違いして、彼女を大切にしなかった。好きな人悲しませるなんて恋人失格だし、彼女が僕を見限るのも無理はない。

彼女が残した手紙。ずっと読めなかったけれど、いまならちゃんと向き合えそうな気がする。

「体にはちゃんと気をつけてね。あ、花火行く約束守れなくてごめんね」

なんだよ。なんで最後まで優しいんだよ。こんなのずるいよ、別れるときは嫌われなさいって教えられなかったのか。どうせなら嫌いになりたかった。でも、彼女の大切さを思い知らされるばかりだ。

そして、これから先ずっと花火を見るたびに、僕は彼女を思い出して後悔してしまうんだろう。

僕が彼女との約束を破ったんだ。ちゃんと向き合っていれば、こんなことにはならなかった。本当に大切な人を失ってから気づくだなんて、僕は本当に大バカものだ。

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