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虚構

深夜に目が覚める。そして、なぜか涙が流れていることに気づいた。

優しい夢を見た。内容はあまり覚えていない。過去にお付き合いをしていた恋人が、夢に出てきたことは鮮明に覚えている。君のぬくもりや感覚が残るそんな夢だった。そして、以前までは隣に君が眠っていた。でも、もう私の隣には君はいない。それが現実で、覆るはずのない事実だった。

君とお付き合いしていた頃の私は大学生で、君は新社会人だった。社会人の辛さなんてわからない。毎日の残業で疲れた顔をしている君。少しずつ顔もやつれ、笑顔も口数も減っていった。でも、社会人の辛さなんて私にはわからない。そして、当事者になってみて、ようやく君の辛さがわかったんだよ。

2人が終わった理由は、君の仕事の辛さや厳しさをわかってあげれなかったことが原因だ。なんでわかってあげらなかったんだろう?そして、なぜちゃんと向き合って話をしてくれなかっただろう?今ならちゃんと君の気持ちをわかってあげられるし、安心材料のひとつになってあげられるはずなのに。後悔ばかりが頭を過ぎる。君の顔やぬくもりを、今でも鮮明に覚えているのは、まだ思い残しがあるからなんだろうね。

些細なことですれ違い、些細なことで喧嘩を繰り返す。君が当番のゴミ出しを忘れたことで私は怒鳴り、君の残業で私はいつも拗ねていた。土日に休みたい君と、土日にお出かけがしたい私。君が社会人になってからはすれ違いを繰り返してばっかりだった。自分のことしか考えず、わがまま放題の私が君に愛想を尽かされるのも当然の話。私が昔の私とお付き合いしていたら、絶対に秒で別れるし、私のことなんて選ばない。

でも、お別れした君がなぜか隣にいる。夢かもしれないと思って、ほっぺたをつねってみた。

「あ、ちゃんと痛いから夢じゃないんだ。良かった。」

「ねえ、ほっぺたなんてつねってなにしてんの(笑)」

「いや、あなたが私の隣にいるのが夢なんじゃないかと思って(笑)」

「ちゃんと隣にいるじゃん。なんか昔のことを思い出すね。」

隣にいる君は、優しかった。以前の君よりも優しい。でも、ぬくもりや感触は、当時のままだった。君が以前と同じように、私の目の前にいる。私はふくれ顔をしながら、君の横顔を眺める。ふくれ顔をした私を、いつも通り君が抱きしめ、私はそれに懸命に応えた。

「あの頃に時間が巻き戻ったみたいで、なんだか嬉しいね」

「そうだね。でも、あのときの君はわがまま放題だったからね(笑)」

「もう!私だってもう社会人だし、少しは大人になって、ちょっとは成長してるし、今なら君のこともちゃんとわかってあげられるんだからね!」

「はは、わかってるよ。もう大学生じゃないもんな。でも、君は以前と変わらず綺麗なまま大人になったね。」

ああ、やっぱり君はちゃんと私の隣にいる。あの頃の罪はきちんと清算されて、君は私の元に戻ってきたんだ。でも、なぜ君が私の隣にいるのかはわからない。細かいことはもういいや。あの頃のままの笑顔。あの頃のままのぬくもり。あの頃のままの優しさがちゃんと隣にいるのは紛れもなく事実だしね。

「ねえ、もう一度やり直さない?」と私が君に告げた。

君はなにも言わず、ただ微笑むだけ。

「ねえ、なんか答えてよ」

また目が覚める。ぜんぶ、夢だった。

カーテンを開け、朝になっていることに気づく。小鳥のさえずりだけが聞こえ、戻ってきたはずの君はただの虚構で、私の隣は誰もいない。

そして、目が覚めると、私はなぜか泣いていた。

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