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大きな夢はもう必要ない

「なんか大きな夢はないの?」

最近、この質問にうまく答えられない自分がいる。学生時代であれば、サッカー選手になりたいだとか、教育を変えたいみたいなそれなりに大きな夢があった。ところが、年を重ねるにつれて、やりたいことの規模が小さくなっている。できない自分を知って、萎縮していったっていうところがつまるところ事実なのだろう。

何者にでもなれると思っていた学生時代。自分の長所は「無知であること」だと本気で思っていた学生時代。無知だったから何者にでもなれると思っていたのに、実際に社会に出たことで、自分の至らなさを知って、確かにあったはずの自信は徐々に崩れ去っていった。

毎年、桜が咲く頃、自分のやりたいことを考える時間を取っている。今年も例年と同じようにやりたいことを書いたのだけれど、大きな夢は何も出てこない。出てくることと言えば、好きな人と仕事をするだとか、恋人と一緒に幸せになるだとか、文章と共に生きるだとか、手を伸ばせば届きそうなものばかりである。

いつからこうなってしまったんだろうと少し嫌気が差したのだけれど、まあそんな自分も悪くないと思えたその事実に少し安堵した。

成功よりも失敗の数の方がはるかに多いこの人生。いろんな人に迷惑ばかりかけて、取り返しのつかない失敗もたくさんした。それでもずっとそばにいてくれる人がいる。クソみたいな人生だと思っていたけれど、そんなのただの思い過ごしだ。

好きな人がそばにいて、好きな仕事ができている。もちろん嫌なことは起きるし、前を向けない日もある。すべてがうまくいくわけなんてないし、数々の失敗の上にあるほんの小さな成功体験がいまの自分を成り立たせている。いま幸せな人生を送れている僕は紛れもなく幸運の持ち主だ。

社会に出て、自分の至らなさを知った。学生時代のようなイケイケな自分はもうどこにいない。何もできないという事実を受け入れるのは、諦めではなく、前を向くためだ。ここから何ができるかを考える必要がある。人生はまだまだ続いていくし、幸せを掴めるかどうかは自分次第。

大きな夢はもう必要ない。その代わりに自分の身の回りにいる人を幸せにする。これは退化ではなく、進化なのである。

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