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気軽に映画や小説に触れられなくなった

小さい頃からずっと自分ではない誰かの世界に触れてきた。小説や映画、ドラマ、アニメなどに触れるあの時間がたまらなく好きだ。誰かの物語をたった千円程度で覗くことができるのは、あまりにも贅沢なことだ。さらにはサブスクの発展によって、iPhoneのさえあれば、どこでも物語を楽しめる。非常にいい時代になったものだ。

あらゆる物語に触れる喜びに思いを馳せる一方で、アニメやドラマなど尺の短いものならいくらでも観ていられるのに、最近は映画を観たり、小説を読めなくなっていた。

連続で30分〜1時間程度の尺が短いものを観て、いつの間にか数時間経っていたなんてことは頻繁にある。映像作品は何も考えずに楽しめるから、いつのまにか時間が経っているのかもしれない。でも、長編映画や小説を目の前にすると、見事に意欲が失せてしまう。ドラマやアニメは何も考えずに観ることができるけれど、映画や小説は数時間単位の時間が取られる。

同じ時間の使い方でも、いつの間にか数時間経っていたと、最初から数時間を取られる楢葉、気の持ちようが全然違う。何が違うかはうまく言語化できないのだけれど、突発的ならば後悔の念が減るからかもしれないと考えている。

長編映画や小説は触れるのに意気込みが必要だ。何も考えすに臨めるわけではない。物語を想像する力、物語を読む力など、想像以上に体力を使う。それらに容易に触れられなくなったのは、自分の心の持ちようか、はたまた体力がなくなっているのか。原因はわからない。

以前、作品に触れるにはいい精神状態を保つ必要があると聞いた。この情報が事実ならば、自身の精神状態は健全ではなかった可能性がある。とはいえ、何かが代わったわけではないのに、急に小説や映画と向き合えるようになった。原因はいまだ不明である。いまは以前と同じように、物語を全力で楽しめている。もうその事実があれば、それでいい。だから、一過性のものだったと信じたい。

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