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夜明け前の新世界から【掌編小説(約1000字)】

 

 これは僕がまだ陽の光を昔話でしか知らなかった頃の話だ。


※※※


「初日の出、って知ってる」
「……初めて、聞いた」
「じゃあ今日が、初めて知った日だね」

 この街よりもずっと遠く、彼女のかつて住んでいた街では、初日の出、という新年最初の夜明けを喜ぶ習わしがあるらしい。

 人工的に小さく射した灯りを消したせいで、実際に彼女の表情を見ることはできなかったけれど、くすり、と笑うその声から、浮かべているほほ笑みを想像するのは簡単だった。

 立ち入り禁止を破って、忍び込んだ常闇に包まれた海岸を見て、なんだか懐かしい感じがするね、と彼女は言っていたが、こんなすこしの灯ではほとんど景色も分からないだろう、と僕はそんなことを考えていた。でも彼女の哀しみを混ぜたような言葉の色に、僕は何も返せなかった。

 貴重な灯を無駄遣いすれば、何を言われるか分かったものじゃない。そっと消し、人工的な光さえ失ったどこまでも昏い海へと続く砂浜に寄り添いながら並んで座る僕たちの周りには誰もいなくて、虫の音ひとつ聞こえない。そこに生きているものは僕たちだけの静かな場所で聞こえるのは、汀に寄せる小さな波の音だけだった。

「そんなの、この街じゃ、見れないよ」
「本当に?」
「知ってるだろ」

 太陽が撃ち落とされ、永遠にも似た夜が産声を上げたことは、この街に生きる者なら誰でも知っている。神の怒りか、人間の愚行か。いまとなっては、どうでもいいことだ。大事なのは、次に迎える朝を失ったこと。それこそが僕たちにとってのすべてだった。

 この街に生まれてから、僕は一度も陽の光が射した景色を見たことがない。彼女と出会うまでは、古くから伝わる幻想譚くらいにしか思っていなかったのだ。

 いつまでも夜は明けない。永い永い夜は、もう明け方を忘れてしまっている。

 溜め息をつく。

「そんな暗い顔してるから、夜も明けるのを嫌がるんだよ」
「関係ないよ。……いや、というか、いま僕の顔を見えてないよね」

 ほんのわずかの重みが加わり、彼女の頭が僕の肩に乗ったことに気付く。風に揺れた彼女の長い髪が顔にかかり、くすぐられた鼻孔に、感情までも揺さぶられる。

 僕たち知ったばかりじゃないか。血の繋がりがあるって……。頼むから、やめて欲しい。

 そう思いながらも、僕は言葉にしてあらがえずにいる。

「夜は明けるためにあるのよ」

 囁くように言った同い年の彼女の声は、どこまでも大人びて僕の耳に届いた。

 過去のこの街、陽光の射す昔話のような世界を故郷に持つ、という彼女は僕の――。


(了)