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西澤作品をできるだけ読んでみる19  『沈黙の目撃者』(徳間書店)

 退職した先輩警官が殺害された現場であるその先輩の自宅で、塙反幟流(はねさか のぼる)は強烈な違和感を覚える。先月、その先輩から招かれたときと比べて内装は何も変わっていたように見えるのに、尋常ならざる違和感を覚えてしまう。強烈な違和感の正体は現場に置かれている明らかに来客用ではないビアマグとエビスビールのロング缶だった。一滴も酒が飲めない先輩が何故、そんなものを現場に置いていたのか……?

 今回紹介するのは、
『沈黙の目撃者』(徳間書店 2019年)
 ――明かせない特殊設定、その内容は読んでのお楽しみ。

 ということで、本作は先日発売されたばかりの西澤保彦最新刊『沈黙の目撃者』の感想なのですが、実はこの作品、非常に感想者泣かせと言いますか、感想を書く上でとても悩ましい作品です。

 本作は西澤保彦が、『七回死んだ男』や『人格転移の殺人』など、特に初期の頃に好んで利用していた、特殊設定ミステリなのですが、その特殊設定を明かしてしまった段階で第一話に当たる表題作の面白さが半減してしまう構造になっています。そのために気軽にその設定を明かすことができない作品です。こういう悩ましさを感じる作品というのは、近年だと今村昌弘『屍人荘の殺人』なんかも特異な設定を扱っていて、そういう悩みを抱えてしまう作品でしたね。

〈ビアマグとエビスビールのロング缶〉という道具が、酩酊しながらの推理談義が中心となるシリーズまである著者らしく、そこに特殊な設定が絡んできて、謎は意外な方向へ……という形になっているのですが、いわゆる初期の代表作にあったような、設定が「何でもあり」にならないように様々な制約を課して、その上で特殊な設定が最大限に活きる真相を描く、というような感じはすくなく、特に第一話「沈黙の目撃者」、第二話「まちがえられなかった男」はかなりミステリ色が薄めな印象です。

 西澤作品の中で特別優れた作品とは言いづらい作品ではあります。ただそれでもエピソードが進む中で、徐々に明らかにされていく特殊設定の様々な条件は読んでいてとても面白いですし、今回一番印象に残った三作目の「リアル・ドール」は、(真相はもしかしたら意外と想像が付きやすいのかもしれませんが)凝った仕掛けが施してあり、内容もこの人でしか味わえない読み心地のものになっています。

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