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西澤作品をできるだけ読んでみる12  『人格転移の殺人』

 人間の人格と肉体が分離されて、互いに入れ替えられてしまう機能を持った、不可思議な“力場”が支配する“部屋(チェンバー)”の力によって、人格が入れ替わってしまった登場人物たちは、“マスカレード”というスライド式の人格転移現象が起きることから普通の生活に戻れないため、外界から隔離されてしまう。そんな状況で起きた殺人事件、

 今回紹介するのは、

『人格転移の殺人』(講談社文庫 2000年)    ――綺麗な着地で魅せる最高のラスト!

 親本は1996年に講談社ノベルスより刊行されました。

 ※敬称略ですので、悪しからず。

 凝りに凝った設定とその設定を活かした謎解き、強引に見えて実はどこまでも登場人物の心情に寄り添った動機、驚愕の真相……本書はそういった著者の美点が詰まった作品であり、そしてその美点同士が水と油にならずうまく絡み合っています。その結果としての、綺麗な着地で魅せる最高のラストは本当に印象的です。

〈誰〉が〈誰〉なのか。人格転移が起こる中での複雑な謎に頭が混乱してしまいそうになりますが、難解になりすぎることなく物語は進んでいきます。決して読者が置いてけぼりにならない、その説明の手際の良さにも驚かされます。特殊な設定を扱っていても「何でもあり」にはならず、様々な制約を課した上で、その特殊な設定が最大限活きる真相を描く。それは本書だけではなく、多くの西澤保彦のSFミステリに言えることなのですが、本作の真相は特にそのことを感じさせるものです。〈ルール違反〉が可能だからこそ、どこまでも真摯に自分の作ったルールを守ろうとする。その姿勢は、感動的でさえあります。

 ちなみに(見逃していなければ)特に明記はされていませんが、主人公の苫江利夫がボビイから〈エリオット〉と呼ばれますが、『神のロジック 人間のマジック』のエピグラフで使われたり、『黄金色の祈り』の中盤の重要なキーワードとなったりする、詩人のT・S・エリオットから来ているのだと思いますが、舞台と主人公の心情という点で『黄金色の祈り』とリンクしている部分が感じられるのも面白い。

 登場人物同士のちょっとしたやりとりまで重要なものだったと真相が明らかになるとともに気付かされます。計算され尽くした真相と感情に訴えかけるラスト……、

 ぜひ、ご一読を!