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テンポの違いを楽しむ

指揮者によって楽曲のテンポは変わります。皆さんは楽譜通りのテンポで演奏しない演奏を聞いたとき、どのような反応を示すでしょうか。
指揮者は年を取るにつれてテンポが遅くなる傾向があります。それは音楽の解釈が変わった、もしくはただ単純に体力の低下により速いテンポを振れないといった理由かもしれません。今回はそういった事情は省きます。

ブラームスの交響曲第4番のフィナーレの終盤は指揮者によってテンポの幅が大きい部分でもあります。

個人的な話ですが、私がこの作品を初めて聞いたのはオイゲン・ヨッフムによる演奏でした。

39:30~からが問題の部分なのですが、ここは楽譜上ではPiúピウ allgroアレグロと書かれており、より速くと指示されています。楽譜通りにテンポを定めているのでこれがスタンダードな演奏なんだと思っていました。

その後に様々な指揮者による演奏を聞いたときに一番衝撃的だったのはロリン・マゼールによる演奏でした。

46:10~がピウ・アレグロの部分なのですが、最初聞いたときの感想は「遅‼」でした。すごいスローテンポなのです。正直なんでこんなテンポで演奏してるんだ?と思っていましたが(笑)、そこでマゼールがどうしてこのようなテンポ設定をしたのかを考え始めました。

客席の後ろまで音楽を届けるためにはこのホールならどのくらいのテンポで演奏するのがいいのか、ということを考えたのか。
とか
和音をしっかり聞かせるためにあえて遅いテンポ設定をしたのか
など様々な考えを巡らせます。

音楽的な構造の面では確かにゆっくりなテンポ設定にすると和音が一つ一つはっきりと浮かばせることができます。この部分は1拍ずつ和音が変化する場面も多いので、速いテンポだと和音が切り替わった感覚が感じられにくい部分でもあります。加えてこの演奏は低音がしっかり鳴っている演奏なので遅いテンポも相まってよりはっきりと和音の変化が感じられやすくなっています。

また、楽譜や自筆譜などの研究の結果このようなテンポ設定になった可能性もあります。資料や楽譜などを細かくチェックしていると思いますから、突き詰めていたときにたどり着いたテンポがこのスローテンポだったのかもしれません。

まあ、色々と書き連ねましたがマゼールがどのような解釈をもってあのようなテンポにしたのかは我々は知ることができません。しかも、もう鬼籍に入られている人です。彼の考えはもう死とともに葬り去られてしまったのです。

このように楽譜とは違うテンポの演奏を聞いたときに、皆さんはどのような反応をしますか?意外とこれも悪くないと思う人や、拒絶する人、様々だと思いますが、それはそれでいいんです。別にどの演奏を好むかはその人の好き勝手です。自分は後にこのような演奏も悪くはないと考えを改めました。しかし、あのサウンドでなければこのような思いにはならなかったでしょう。音がペラペラだったら「何だこの演奏」で終わっていたと思います。

他の作品だとベートーヴェンの交響曲第3番のフィナーレのコーダも指揮者によってテンポの幅が大きい部分です。
最後はPrestoプレストと書かれており、急速に演奏されることが指示されていますが、指揮者によっては明らかにプレストで演奏していない指揮者もいます。

個人的に好きなのはフランス・ブリュッヘンによる演奏。

48:24~がコーダですが結構速いです。

この部分は速い方が好きですか、それとも遅い方が好きですか?


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