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糸井重里さんは好きですか? 天穏・無窮天穏天雲、改良雄町

あなたは雲を見て素晴らしいと思ったことがありますか?

じゃあ、木の葉が命を終えて地に還るときの音に耳を澄ましたことがありますか?

酔って道端を歩くおっさんの感情を想像して盃を交わしたくなったことがありますか?

赤ん坊の笑顔から喜び以外を感じ取ろうとしたことがありますか?

何気なく散歩して、泣き叫びたくなるほど季節の移り変わりの激しさに戸惑ったことは、ありますか?

どうも、りょーさけです。
こんばんは。

僕はまた今日とんでもないお酒に出会ったような気がしています。

無窮天穏・天雲。

実にシンプルかつ厳かな雰囲気もあり強かだ。
和を気取って進歩のないダサいラベルとは違う。

そう思って買ったら、中身はもっとすごかった。

僕程度では何も引き出せた気はしないけれど、あえて味を述べるなら。

低温ではほのっかにバナナの形跡。ぬる燗でややバナナ。どの温度帯でも透明感がある。で、それだけだと「サラッと流れんのかな」って感じだけど肝心なのは旨味があるってこと。
この旨味は何だ。どの温度帯でも存在感がある。しかし、温度帯で幅が変わる。低温だと小ぶりに。燗のつけ方によってはおおらかに。決して派手になることはない。しかし、状況によって変わっても静かに鮮烈だ。派手でないけど、鮮烈なのだ。

例えるなら生命の誕生。
生まれた赤子は3500グラムだろうが、4000オーバーだろうが、2000グラムだろうが鮮烈だ。母親の目から見たらそうだ。
天穏はそういう魅力を持っていると思うのだ。

変幻自在かつ、保っている一貫性。
何で柔軟性のある旨味なのだろう。

君の舌は天穏に触れるたびに、その温度と質感を感じ取って旨味を産む。君は、君の舌は天穏の母だ。

飲むたびに幅が変わるーが、鮮烈さは変わらない―旨味を何度でも手にとって、舌にとって確かめてほしい。
柔らかく、温かくて、笑顔になる。
地味旨、滋味旨の一つの極地です。ありがたいお酒。

そんなお酒だ。

この旨味を何に例えようか迷ったのだけれど、僕は糸井重里さん、糸井重里さんの書く文章に似ている気がしたからそれにする。

『ほぼ日刊イトイ新聞』の「今日のダーリン」というコーナーで糸井さんは毎日ショートエッセイを書いているのです。

毎日題材は違うけど、語り口は似ていて、温かくて、柔らかくて。

どれも一見違うけれど、いつも生命の重みを忘れないような文章を書いているのです。

軽いだけじゃない。思いだけじゃない。
しかし、それをただ複雑に書き散らして人々を困惑させたり自分の凄さを見せてマウントしたりはしない。

いつ読んでも、「この人には自分が決して目にすることも気に留めることもない何かが見えているのだなあ」と思わされます。
例えば、冒頭のフレーズ集で表されてることなんかがそう。
ほんと、あらわせないし見えもしない。

無窮天穏もそう。
うまいのは分かる。けど、その姿は捉えられない。

朝起きて外に出て青い空に白い雲が浮かんでいたらそれは素晴らしい。「素晴らしい」って一言言っちゃうだろう。だってそれは美しい。

でも、雲は刻一刻と姿を変える。

僕が「素晴らしい」というその時にその雲はもうない。僕が「いや、見え方は変わってない」といったところで意味はない。ミクロレベルで変化は進み、感度のない人間にそれは感じられない。

が、変化していく。消えてゆく。うまれてゆく…。

今日も拙い投稿を読んでいただいてありがとうございます。

無窮天穏も、糸井重里さんも、素晴らしいです。

酒と2人のこども達に関心があります。酒文化に貢献するため、もしくはよりよい子育てのために使わせて頂きます。