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『日本酒に恋して』を読んで、日本酒に恋して

もし走馬灯というものが存在するとして、それが我が身の最期に起こるとしたら、僕は多分今年自分が出会った色んなものを最も色濃く瞳に焼き付けて、それを浴びるように見て、見て、見て、味わって死ぬのだと思う。

その中でも特に印象に残る姿で現れるのがこの本『日本酒に恋して』に登場するお店GEM by motoだろう。

今や知らぬ者のほうが少ない現代日本酒界のカリスマ(と、どこかで言われていた気がする)、千葉麻里絵さんが店長をやっているお店である。

華やかな東京の中で特段華やかな街、恵比寿の少し落ち着いたエリアにその店はある。中へと入ってみよう。

ひっそりしていて、でも洗練されていて趣味がよく、どこか懐かしい…洋風アンティーク風味なのにコの字型のカウンターだからだろうか。
席に案内されながらカウンターの中をのぞく。

酒燗器がある。グラスがある。温度計がある。
そしてその人がいる。

千葉麻里絵さん。

堂々としているようで…どこかキョロキョロしているような雰囲気だなあと思った。
これは私が最初に店に行ったときの印象であります。

初めて行ったその店で、私はドキドキしていた。
というのも、店に行く前日twitterで店主さんその本人に「明日行くんで!全力で(酒を)出してきてください!!」とかリプを飛ばしてしまっていたからだ。

(はい。思い切り委ねてください笑とかって返された気がする。確か。)

前日夜軽い酔いとともに送ってしまったリプライ。朝起きたとともに感じる「やっちまった」感。

で、そんな緊張とともに訪れたのだけれど…。

酒はすべて特注品だとかそういうわけではない。

しかしどれもが…

どれもがキラキラとしていて…

料理もそれに合わせて、

今宵ばかりは激しく輝き出す。

そういった趣が終始続いて、私は圧倒されてしまった。

酒に?料理に?

いや、「酒と料理に」である。ここを受け取り違えてはここに来た意味がない。と、今現在はそういう風に思う。その時は単に圧倒されただけだ。
圧倒されながら、僕は上記の写真を撮ったりメモを取ったりしていた。
興奮していてその時はただ夢中に描いていたけれど、そのメモはあとから見たとしても何が描いてあったからわからないようなそんな紙っきれになっていたと思う。

酒と料理の話であった。

私が千葉麻里絵さんのことをはっきりと知ったのは、この雑誌だった。『RiCE』の日本酒特集号。今年のはじめくらいだったろうか。読んで最初は「ふーーーん。」くらいに思っていた。

流し読みしているようで、でも何かが気になっていた。何だこの人はと思っていた。でもとりあえず雑誌は放っておいて、自分の日々に忙殺されていた。

で、その忙しい日々が一段落して、5月頃。
私はもう一回その雑誌を読んだ。改めて読むと発見が多かった。

「何だ?この人は?」

と、思った。目を見張った。胸が高鳴った。
字で読む限りこの人がやっていることは多分、他の誰もやっていないことだ。前人未到だ。完全に勘だけれど、そんな風に思った。

マリアージュ。ペアリング。
日本酒を少しかじっていたから、その言葉はそれに興味がない人よりは馴染みがあった。

酒と料理の出会いにより、元となったそれら2つを超えた感動をもたらすような体験を引き起こす組み合わせ。
互いに互いを活かすように選択された酒と肴のセット。

そんな理解だった。
面白いとは思っていた。


けれど、どこか軽く見ていた。
それまで目に、口にするその言葉で表されるものは、確かにそれなりに酒と同調しているようにも思えたが退屈だったからだ。

だが、その人のマリアージュは違った。
違った、というってもそれは体感する前の話だ。字面で見ても違った。

比喩的に言うならば、それまで経験したマリアージュやペアリングは、

「1+1=2」
「1-1=0」

だったのだ。
言葉で噛み砕くと、それらは相性の良さそうなものを合わせて「ああ、こいつら相性が良いんだな!」って思わせるものか、一方の欠点を他方が補うようなもので「ああ、これで目立った欠点がなくなってスッキリするんだね!」と思わせるようなものだったのだ。

しかし、このGEMで出されているものはそれらとは違う。
そんな風に思った。

言うなれば「1+1=?!?!」だと思った。

ただ相性のいいものを組み合わせたときの反応とは違うのだ。それらを合わせたときの人々の反応が。

そこに何か新しいものが生まれている。青と黄色を混ぜると全く新しい緑という色が生まれるような。もしかしたらそれ以上に新しいものが生まれている…。

(いや、ここまであくまで活字で読んで感じたところね。まだ食べてないんですよ。)

実際に行って、感激しながらメモを取っていたけど、メモはこの通り興奮に押しつぶされていてもう読めません。

読めん。

読めんよ!

これは読めるけど、なんのことだかわかりません(笑)

本当に「1+1=?!?!」な提供の仕方だった。
このときの興奮は以下のインスタのリンクにより詳細にわけわからない感じで載ってますのでぜひ見てみてください。

(私は熱くなると「だ、である」と「です、ます」がまじる人間なので、その無意識的な使い分けから文章のテンションを感じ取ってくれるとありがたいです。)

こんな感じで自分の未体験ゾーンに踏み込みまして候。
それからというものの、私は仕事の合間やプライベートでGEMに通いまして通いまして、そんなこんなで半年が過ぎました。

で、こちらの本が出版されたわけです。
『日本酒に恋して』です。
千葉麻里絵さんのこれまでの日本酒遍歴を幾多の困難と驚きと喜びとともに軽く深く優しいタッチの漫画で描いたものです。目白花子先生作。

この本には数多くの蔵元さんや日本酒の関係者と麻里絵さんのやり取りが描かれています。その一つ一つがとても読み応えがあり、読み手に「ああ、これはこんな軽いタッチで書かれているけれど、実際にはもっと大変だったり嬉しかったり…とにかく書かれている以上のことが現実に起こったのだろうなあ」と感じさせる雰囲気があります。不思議と。

GEM by motoというお店の雰囲気の紹介から、最初の日本酒修行先の話、いまいち(?)だったお酒を蔵元さんとともに素晴らしいものへと改善していった話、同業の先輩に嬉しい言葉をもらった話、頼もしい蔵元さんたちに次々と出会った話や、あと、ちょっぴり悲しくも麻里絵さんがより逞しくなるきっかけになった出来事などなどが収録されています。

私は今年の麻里絵さんしか知らないので、「うわあこんな時代があったのか…」と驚いてばかりだったのですが、ともに歩んでこられた方々からすると「そうそう、こんなこともあったっけ…」と思える内容なのでしょうか。 

一人の人が日本酒により深く、深くハマってゆく様子が描かれ、合間に作中で登場した(してないものもあるかもですが)お酒の紹介が入り、その一つ一つに麻里絵さんのコメントが入っている。

ただ酒を味わって、ってだけでなくその酒の造りにも造詣が深いからこそ書ける一歩踏み込んだコメントが数多く並んでいて、そんじょそこらの酒解説文とは一線を画している。そんなふうに思える。

そんなコメントも最初からできたわけではないのだろうなあということが本の内容から伝わってくる。

これはこれからより色々なことを感じ取れるようになりたいと思っている日本酒ビギナーにとっては嬉しいことだと思います。

今すごい人も、最初にもっていたのはちょっとの好奇心と行動力だけだったのだ。そこから動き出して何かを感じようとしたから今何事かを感じ取れるようになっているのだ…。

そんなことを思い、改めて本を片手に持ちながら今宵の酒をひとすすり、もうひとすすりしていくと、ほら。


ちょっといつもと違った味を感じ取れている気がするじゃないですか。
「このお酒ってこんな可能性があるんだ!」
「この料理とだとこんな味になるの!?」
「この酒って、2,3日後…いや1週間後にはまた違った相貌を見せるのではないか…?」とかって想像力?妄想力が溢れてきて、

日本酒にもっと興味を持って、日本酒をもっと好きになるかも知れないじゃないですか。

そんな可能性を与えられる本って素晴らしくないですか?
これは初心者にも優しい本ですけど、教科書じゃないんです。「この通りにやってみなさい」とかって押し付ける本じゃない。一人の歩み、紙になんて本来紙に収まらないくらいの大きな歩みをなんとか圧縮して閉じ込めて、それを見た人が実際に自分の日本酒の道を歩いてみたくなる、そんな本なんです。

読んだら飲みたくなる本なんです。
飲むことが好きになる本なんです。
この本の著者のところで、お酒を飲んでみたくなる本なんです…。

麻里絵さん初心者には優しいエピソードも入ってますヨ。

たとえ酒が飲めなくても、「へえ、酒を味わうのって、知るのって面白いんだね」と感じさせてしまうくらいの力がある本なんです。(これは実際にツイッターに見かけたコメントなのですが、保存してなかったので実物を引用できません。申し訳ないです。)

時に個人の好みというものを尊重しすぎるあまり以下のようなこともあるみたいですが(笑)

https://twitter.com/uMa04691225/status/1048899626676277248?s=19

本人以上に本人の好みに本気とはいかなることなのか…この辺は文字で書くと好みの押し売りっぽくなってしまうから、ぜひお店に行ってどんな感じで酒を出してくる方なのか体験してください。

押し売りではなく、推し量りであることがよくわかると思います。きっとね。

 
 
 
 
 

さて、上記のように空前絶後のマリアージュを惜しげもなく披露してくれるお店がGEM by motoであり、千葉麻里絵さんな訳ですが。

数度体験した身として、一番誤解してほしくない点を最後に述べておきます。

少し調べた方ならわかると思うのですが、この方は理系的な知識も使って酒と料理の組み合わせを考える方です。かなり専門的な知識を身に着けてらっしゃいます。

本の中でも三重は木屋正酒造の大西さんとともに理系的側面の重要性を説いてらっしゃいます(「理系なめんなー」って仰ってますね笑)

けれども、それはあくまで日本酒をもっと楽しみたい!あるいは日本酒で人に楽しんでほしいと思う気持ちを形にするための一つの道具に過ぎないのです。

そういった知識があって素晴らしいマリアージュや日本酒の提供法があることは疑えません。それはたしかなことです。でも、それは二の次です。

…って断言しちゃいましたけど。
そう思うようになった出来事がありますので、紹介します。

これはあるイベントでGEM by motoの料理長・深津さんとお話をした時のことです。

漫画の中では麻里絵さんのインスピレーション重視の注文に戸惑ってる様子が描かれていますが…。

私は深津さんと話す少し前に多分上記のシーンをウェブで公開されていた漫画の中で見ていたのでしょう。(この『日本酒に恋して』はウェブ連載されていたので前々からちょっとずつ公開されてました)

酔っていたのもあって、「麻里絵さんは結構発想のままに注文するタイプのようですが、料理を作る側としてそれは大変ではないですか?」とかそんなことを聞いた気がします。よく聞いたなそれ。

で、個人的には「いやあ大変ですよ…」といった話が出てくるのではないかと思ったのですが、全くそんなことはありませんでした。

以下深津さんの言葉です。細部は違っているかもしれないけれど、おおよそこんなことをおっしゃっていました。

千葉は私達の作ったものを尊重してくれるんで。作ったものに文句つけるとかそういうのはないですから。彼女はお酒で私達の料理の可能性を、お客さんに合わせてちょっとだけ広げてくれるんです。あと、千葉に関しては化学的な知識のことをあれこれ言われることがありますが、一番すごいのは彼女のサービスマンとしての精神ですよ。それがあるからああなんです。それがなかったらこんなになってないです。

これを聞いて、私は麻里絵さんの見方が変わりました。

それまでは何か特殊能力のようなものをもってて、それを武器に独創的な酒表現をしているのだと思ってました。

でも、違いました。

千葉麻里絵さんのすごいところは、「お客さんに酒を面白いと思ってほしい」「(自分も含めて)もっと酒と食を楽しみたい!」とどこまでも欲するそのモチベーションにあるのです。多分。
そのモチベーションに、たまたま適正があった化学の知識がついてきてるのです。この順番が重要なのではないかなあ。

この本でも、何回も「人見知り」「コミュ障」などの表現が登場します。実際に接したときに「ホリエモンチャンネルにでてるの見ましたよ」とかって言うと「恥ずかしい!」とかって返してきます。どうやら人付き合いが苦手なのは本当以上に本当(?)なようです。

これだけメディアに出てるのにまだ「恥ずかし」くて「慣れない」らしい(笑)

本の冒頭にある写真が今言ったことを物語っているのではないかと思います。初めて見たとき失礼ながらちょっと笑ってしまいました。


明らかに本のワンカット用に撮った写真なのでしょう。なんだかとても気恥ずかしそうな表情をしています…なんだろ、目立つ写真撮ってるのに目立ちたくない感というか…そういうのが出てるように感じます(笑)
こういう感じなんじゃないかなあ。
よかったらそれも見てみてください。

…で、そんな風に人前に出るのが苦手なのになんで出てしまうのか?

その原動力が深津さんの言う「サービスマンとしての精神」であり、麻里絵さんの言動のそこかしこからただよう「留まることを知らない酒と食を楽しもうとする姿勢」なのだと思います。

苦手でもなんかやってしまう。
面白そうなら慣れなくてもやる。

そんなところに何とも言えないチャーミングさがあるのではなかろうか。

麻里絵さんの日本酒表現はそれ自体とても面白くて魅力的なのですが、そういった人間性をちょこっと感じるとその魅力に更に深みが出るというか…幅が出るというか…。

そういう人が恥ずかしくてもどんどん前に出て極めたくなる日本酒というものを、自分も知りたくなるというか!

日本酒に恋する、というか。

あと、GEMですごいのは麻里絵さんだけじゃない。深津さんも麻里絵さんがお客さんを大切にする姿勢をよく理解しているからか、お店が混雑して店内のお客さんが帰ったり、新たなお客さんが入ってくるタイミングで厨房から出てきて接客をしています。
特に声掛けを大々的にやっているわけではありませんが、自然と連携が取れているように見えます。他の店員さんもこまめにお客さんと細かいコミュニケーションをとっていて、お客さんを一人にしない配慮が見て取れます。

当たり前のことかもしれませんが、こういった連携ができているからこそ麻里絵さんがほぼ全員のお客さんを見送ることができているのだと思います(店の外まで会話をしつつ見送ってらっしゃいます)。

そういうところも含めて、手抜かりがなく好印象です。

麻里絵さんから受け取ったGEM(宝石)を自らに溶かして、私は文字の宝石にして多くの人に伝えていきたい。麻里絵さん自身にも機会があれば伝えたい。
それはささやかな、いわば個人的なGEM by lettersとでもいうべき取るに足らないものかもしれないけれど、でも私はこれを伝えなければと思った。

もっとうまく、多くのことを伝えたい。
もっと熱く伝えたい。
麻里絵さんの熱量に負けない熱さで。
その品質を落とさずわかりやすく。

だから。
いやだから、ってのは変かもしれませんが。

私はこれからもこのお店と人のファンであり続けます。

初めてそう思った時の自分自身の熱量も忘れずに、何度でも何度でも飽きずに書き続けます。

よかったら、これも読んでみてください。
これもまた訳わからん感じですが、熱量はあります。

劣等感が頑張れない原因だと思っているあなたへ|りょーさけ @themiddleofm|note(ノート)https://note.mu/ryosake/n/n1bede09fbcb3

(技量を磨けよ)

ってことで。

これを読んだ方々は『日本酒に恋して』を読んでくれるよね!GEM by motoに行ってくれるよね!

いつか私とそこで会った時には!

思う存分飲み食い語りましょう。
ああ、こんな夜に。

GEM by motoと、千葉麻里絵さんと、日本酒に乾杯!!

また、日本酒に恋してる。

かーんぱーーーい!!!

酒と2人のこども達に関心があります。酒文化に貢献するため、もしくはよりよい子育てのために使わせて頂きます。