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「二ツ星の料理人」を観て。概要感想ネタバレお構いなし

とにかくお洒落で熱い映画です。

美しい皿はもちろんカメラワークも垢抜けていて、人生訓の詰まった物語でした。

話の展開も斬新で、非常にクオリティの高い作品だと思います。


もくじ

■叩き上げの若き天才
夢が叶うのが早過ぎた
誰と一緒にやるかが大事
■厨房は戦場
怒鳴る、キレる、皿を割る
エレーヌをヘッドハントした理由
お前はこの店の害毒だ!
執念深さが信頼関係の礎
■昔の仲間に裏切られる
「強いから人に頼れるの」なんて詭弁
仲直りしたと思っていた仲間に裏切られる
壊れた末に得たもの
■ここは料理のオーガズムを追求する場所だ
あなたにとって料理とは何か?
フランス料理は難しくない?


■叩き上げの若き天才

夢が叶うのが早過ぎた
「自分への罰」と称して100万個目の牡蠣の殻を剥き終わった瞬間、ニューオーリンズでの仕事を放り投げて三ツ星を取るべくロンドンへ向かう主人公アダム。

以前の職場は厨房にネズミを放って営業停止に追い込み、逃げるように放浪の旅に出かけたのですが、あちこちで恨まれる身でありながら3年で厨房へ舞い戻ってきました。

ヤク中だったんですね。

後のビジネスパートナーとなる、旧友であり父親のホテルのレストランの給仕長を務めるトニーがレストランにやって来た辛口女流料理評論家を目の前に戦々恐々としていると

「オレがやらなきゃ潰されるぞ?」

とアダムは既にやる気満々。

レズビアンも抱かれたくなるアダムの料理で救われる形になったトニーは、もう一度アダムと手を組むことにしました。

誰と一緒にやるかが大事
アダムはまず、昔の職場の仲間や腕の良さそうなシェフを探して回って自分のチームを作りました。

私は「既存のメンバーはどうするんだ??」と思いましたが、そんな事はお構いなし。

厨房もベンチャー企業のスタートアップなんかと同じでチームを構成するメンバーが最優先なようです。

他店の副料理長を口説き落とす時は「給料を3倍払う」と言ってのけ、

「お前にそんな権限ねーだろw」

とか思いつつ、良い仕事をするためには経営なんか知ったこっちゃないと言わんばかりにホテル支配人のトニーに全てのケツを回す鬼畜ぶりは目を見張るものがあります。

本当に勉強になりますね。

私は会計学の素養を積んでしまった常識人なので、この辺のタガが外れている人を見るとちょっと羨ましくも思うんですね。

もちろん、アダムは個人的にもドラッグで作ってしまった多額の借金を抱えており、作中、度々ヤバイ筋の借金取りに何度も追い込みを掛けられるわけですが。

スタッフの給料3倍出してる場合じゃないですよね……(笑)

アダムはこの辺のバランス感覚も常人離れしています。

■厨房は戦場

怒鳴る、キレる、皿を割る
3倍の給料を払うと言われても「あなたとは一緒に仕事をしたくない」と言い切ったシングルマザーのエレーヌは、元の職場から退職勧告を受けたことで見えざる力が働いた事を察し、アダムの元へやって来ます。

まぁ気の強いこと、このままでは厨房が回らないと判断した瞬間、料理長が指示したソース作りを放ってヒラメを焼き始めるわけですが、これに料理長アダムはガチギレ、納得の行かない部下の仕事にキレまくって出来上がった皿を全て台無しにします。

「スゲー。ここまで傍若無人になれるのは実力故か……」

えぇ、確かに私は謙虚な人間にロクな奴を見たことがありません。

跳ねっ返りはその場で絶望の淵に落としたくなるほどムカつきますが、それなりに能力があるにも関わらず謙虚な人間は最終的にはスターを自分のペースに引きずり下ろそうとするだけの、自己保身の塊であり鈍臭い疫病神です。

事無かれ主義の謙虚な人間よりも、ナルシシズムに酔い、完璧以外の全てを嫌う破滅的な人間の方がはるかに周囲の人間の能力を高めてくれますから、スターというのはこうあらねばなりません。

エレーヌをヘッドハントした理由
何故、アダムがそんなエレーヌを抜擢したかと言えば、知人の店で彼女の作った【カチョエペペ】を食べた時に、彼女も自分と同じタイプの人間だと見抜いたからです。

カチョエペペというのは、ペコリーノチーズをまとわせたスパゲッティに黒胡椒を振っただけのシンプルなパスタなのですが、そんなカチョエペペの出来でその人の本質を見抜くとか、尋常ではない洞察力です。

簡単でシンプルな料理だからこそ、どこまで「そのクオリティを追究出来るか?」という着眼点なのでしょう、確かにカチョエペペはイタリア料理の理解の程度が分かる料理の一つかもしれません。

ちょっと私も、アダムがエレーヌに放った傲慢で押しつけがましいアドバイスを踏襲して、究極のカチョエペペを作ってみようと思いました。

お前はこの店の害毒だ!
エレーヌは「あなたはメニュー選びが悪い、やり方が古い」と言いたい事をハッキリ言いまくってアダムにクビにされてしまいます、ヘッドハントからたった一日で(笑)

しかしアダムからヒラメのソテーについてこっ酷くダメ出しを受けたエレーヌは、毎食ヒラメのソテーという執念深さで「またヒラメ?」と娘をウンザリさせてしまいます。

好きですねぇ~こういう執念深さ(笑)

私も出来に不満が残る料理について、コツを得られるまで何度も、何度も、何度も、何度もやり込む方なのでアダムがエレーヌのような料理人に信頼を置くのが分かる気がします。

結局、ゲイのように愛情深い給仕長トニーのお陰で双方頭を冷やす事になったわけですが、エレーヌはアダムに「あなたのやり方は古い!」と言い切った手前、厨房へ戻る際に真空調理器(低音調理器)を持ち込みました。

この機器の導入により、ブランクのあったアダムの料理は一気に現代的な味になり、メキメキと評判を上げることになります。

執念深さが信頼関係の礎
エレーヌもなかなか根性の座った料理人で、これまたアダムと同じく【仲良く和気あいあいとやることにあんま興味無い人】なんですね。

最高の仕事のためには怒鳴り合い、喧嘩だって辞さない、そんな姿はとても美しい。

私は、理想を追求する事は「天国を想像するのと同じくらい難しいこと」だと思います。

地獄絵図なんていくらでも描けますが、「天国を描け」と言われてもなかなか具体的には想像出来ません。

だから、理想はその人が登り詰めた高みそのものだと思うのです。

後ろを振り返って部下たちに手を差し伸べる事は間違いであり、リーダーたる者は山頂を覆う霧を振り払うかのように道を切り開き、後から来る者たちに道を示さねばなりません。

天国は想像して描けないのだから、そこまで登り詰めて実際にその景色をその目で見るしかないのです。

■昔の仲間に裏切られる

「強いから人に頼れるの」なんて詭弁
アダムは元ヤク中ともあり、精神科の女医に定期的に会わねばならない義務を負っていました。

その女医に言われた言葉が「強いから人に頼れるの。弱いからじゃない」。

卵が先か鶏が先か、たとえその言葉が真理であったとしても、私にはこの言葉は問題解決の糸口を示しているとは思えませんでした。

この映画は完璧という自我と利己を捨て、他人の不完全さを受け入れ調和と利他を持って職務に当たる事によって三ツ星を獲得するに至るストーリーを描いています。

ハッキリ言って、右腕クラスの人材が何人も居れば「ボス>幹部>スタッフ>ライン」といった理想の組織作りが出来ると思いますが、中小企業はそれが出来ないから四苦八苦するわけで……

しかし二ツ星レストランともなると人材が豊富なんでしょうかね?

ちょっと考えさせられました。

仲直りしたと思っていた仲間に裏切られる
昔の仲間と一緒に新たなリスタートを切ったレストランですが、アダムの目標はあくまで三ツ星、執念の塊です。

「ミシュランの覆面調査員には特徴がある」という噂があり、その特徴を伴った客が来た事に皆緊張感を高めました。

最大限の注意と最良の仕事を注ぎ込んだメインディッシュ、それを送り出して厨房が安堵に包まれたその瞬間……トニーが料理の乗った皿を持って帰って来てこう告げました。

「戻された。辛過ぎだ。ソースが辛過ぎだ!」

?!

アダムがそんなはずはないと味を見ると、ぶぇッ!何だこりゃ?!

「俺だ。唐辛子を入れた。パリの仕返しだ」

と、副料理長ミシェル。

信頼していた旧友であり現副料理長のミシェルが故意にレッドペッパーを、しかもそれを死ぬほどソースに加えていたんですね。

「色で気付くだろ普通……」といった無粋なツッコミはさておき、アダムを貶めたそのミシェルは厨房を去り二度とは戻って来ませんでした。

これにはもう笑うしかありません。

過去に掛けられた迷惑の復讐であったにしても、ここまで一緒に頑張って来たんだからもう良くない?!

副料理長ミシェルも別の意味でとっても執念深い方だったようです。

私は恨みを継続させるのが苦手なので、こうした執念深さも見習いたいなぁと思いました。

壊れた末に得たもの

アダムはまたドラッグに手を染めてしまったのか半狂乱になり、アダムが牡蠣剥きをやっていた時に三ツ星を獲得したライバル、リースの店に行き、コンドームを頭に被ってこう言いました。

「死にたいんだ、死なせてくれ!」

いがみ合ってはいてもリースとアダムは同じ師匠の元で修業した仲間、ライバルであるアダムの異変を放ってはおけません。

元はといえば、師匠ジャン・リュックの不良娘アンヌと付き合ったのがきっかけでドラッグに溺れる羽目になったアダム。

そのドラッグのお陰で奇行に及び師匠の店を閉店に追い込み、出資者であったトニー親子にも迷惑を掛け、自分は借金取りに追われ、三ツ星を賭けた一世一代の勝負の折にミシェルに復讐される……もう、疲れちゃいますよね。

ライバルであるリースの助けによって一命を取り止めたアダムですが、敵なのに何故自分なんかを助けたのか聞いてみたら、リースから信じられない一言が返って来ました。

「お前が必要だ。お前は俺を越えている。先頭に立ってさらに俺たちを高みへと引っ張って行け」

落ち着きを取り戻してホテルで休んでいたアダムの元にエレーヌがやって来て、酷い有り様のアダムが人間不信に陥ったのか、自信無さげに不安を漏らすとこう言いました。

「みんな一人では何もできない。私たちを信頼して、いいわね?みんな家族よ。」

私ならここでエレーヌにキスします。

これによりアダムは心を入れ替えて、また精進の日々が始まります。

すみません、キス云々はどうでもいいですね(笑)

■ここは料理のオーガズムを追求する場所だ

あなたにとって料理とは何か?
アダムは「料理のオーガズムを追求する」とか「完璧以外は全部ダメだ」とか、名言を連発します。

付いて行く方は大変かもしれませんが、引っ張って行く方はこのくらいの熱量がなければ務まらないと私は思うんです。

現代は意味不明なほど共感能力を要求される時代ですが、淀んだ下界の空気など読まず、澄みきった天界の空気のみを求めて高みを目指す、私も見習いたいと思いました。

フランス料理は難しくない?
素人には食材を手に入れるのが困難過ぎてとっつきにくいフランス料理ですが、この映画を見ていて思ったのは出て来る食材がほとんど一緒だという事です。

魚介だとヒラメとオヒョウ(カレイの仲間)のオンパレード、肉類はラム、仔牛、フォアグラが毎回登場します。

小国が寄り集まった共和国で、地産地消といった食材のヴァリエーションを重視するイタリアンとは異なり、王室が食文化を引っ張ってきたフランス料理は一番旨いものしか選ばないという特徴があるのかもしれません。

食材が被るからこそ、差を付けるためにヌーベルキュイジーヌという皿の美しさを競う文化になったのかな?と思いました。

私にとってはフランス料理はとっつきにくいものでしたが、案外イタリア料理の方がよっぽど複雑多岐に渡る知識が必要なのかも?とも。

よく「イタリアワインは難しい」なんて事を耳にしますが、地域と料理を合わせてインプットしている私にとってはそれほど難しく感じるものではないんですよね。

それより意味不明なほどに値段が高いフランスワインの方がいけ好かない分とっつきにくかったり(笑)

何はともあれ、映画がフランス料理をより身近にしてくれるのであれば、こんなに喜ばしい事はありません。

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