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#SISの卒制

〈掌編小説〉 『鯨』

〈掌編小説〉 『鯨』

「僕、実は鯨なんです」
 最近よく顔を見るようになった男はそう言った。私が働いている定食屋でいつも唐揚げ定食を食べている。27歳の私と歳の近そうな男だ。
「わざわざ大海原から遥々いつもありがとうございます」
「いえ、海と比べたら陸なんて大した広さではないので」
「それでも泳ぐよりは遠いでしょう」
「この2本足というのが面倒で」
「いつもはヒレですもんね」
「そうではなくて、4本あるんだったら4本使

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あれからの話だけど / SISの卒制・短編小説

あれからの話だけど / SISの卒制・短編小説

「これ以上物語を増やせば誰にも追い越せなくなるよ」
 いま思えばあれは彼なりの告白の言葉だったと思う。彼がそう言った時、私はその言葉の意味が分からなくて途方に暮れてしまった。どんな言葉を待っていたんだろう。彼は私の目を見ている。私も彼の目を見る。
「あの……。ごめんなさい」
 私は返す言葉が見つけられなくて彼に謝った。いま思えばそれはその時私が一番言ってはいけない言葉だったかも知れない。

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とびきりのおしゃれして別れ話を / SISの卒制・掌編小説

とびきりのおしゃれして別れ話を / SISの卒制・掌編小説

 これはもう数ヶ月前から分かり切っていたことで、1週間前に合わせたデートの予定が2日前になって別れ話の舞台になってしまった。彼がどうしても話したいことがあって場所を変えてほしいと言うので、私がそれは別れ話かと聞くとそうだと言った。
 どんな服を着て行こう。彼はいつも当たり障りのない服を着てきて、でも他人の着ている服には厳しくて、あれは派手すぎる、あの人は年齢のわりに服装が若い、カバンがダサいなどと

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