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イルカの顔つきとはじめての友人 小笠原ひとり旅8日目 #16
水泳は苦手だった。
小学生の頃、野球をしていたから体力には自信があって、体はまったく浮いていないくせに腕の力だけで50メートルを溺れながら泳いでいた。
そんなわたしが今日、ドルフィンスイムに挑戦する。小笠原に到着して最初はこんな広大な海で泳ぐなんて!と、カヤックや登山などの安全なアクティビティばかり目に入っていたことを思い出す。
この数日間でずいぶんと海への印象が変わった。不思議と小笠原の海には得体の知れない恐怖心はなくなっていて、魚たちが暮らすうつくしい街へ、すこしお邪魔させてもらっているような親近感を持つようになった。
そういうわけで、ここまできたらとことんやってみたいことはやって、後悔なく帰ろうと決意して申し込んだのだった。正直、まだ自分がイルカと一緒に泳げているイメージは全然浮かんでいない。
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ガイドのお兄さんによると「ドルフィンスイム」という名前がついてはいるけれど、まったく見つからずに帰ることもあるそうだ。
ハートロックを通過したあと、なかなかイルカが見つからなくて、無言の時間が続いていた。
なかなか見つからないのかなあ、雑談でもしてくれたら気が紛れるのに・・・と思っていたけれど、お兄さんが目を凝らしながら本気で探してくれているなか雑談しながら見逃したら、元も子もないなと思いなおす。
30分ほど探していると、「あっ!」というお兄さん声に振り向き、目線の先を追いかけると3匹のイルカの背びれが見えた。
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「泳げる用意して!イルカの前につけるよ〜!」
「はい!!」
一気にボルテージが上がっていく。
ドボン、と思い切りよく海に飛びこむ。シュノーケルをこれでもかと噛みしめて海水を飲み込まないようにする。視界にイルカがいる間にとにかく足をばたつかせる。
”ドルフィンスイム”といえば、優雅にイルカと一緒にゆったりと泳いでいるイメージ映像が脳内に流れていたけれど、実際には置いていかれないようにフィンを一生懸命にばたつかせる25歳男性が存在していた。
よく目を凝らすとお腹のところにコバンザメが2匹くっついている。そっか、イルカってこんな顔してるんだなあ。海は深いはずなのに地底まで透けて見えるのは小笠原だからだろうな。
そんなことを考えていると、イルカに置いていかれてもいったし、そもそも泳ぐのが下手なので体力の限界がきた。急いでお兄さんにヘルプの合図を出す。
「もっとたくさん一緒に泳いでてもよかったのに」
と言われる。それどころじゃないんだと心でつぶやく。これは歳を重ねれば重ねるほどにできなくなるアクティビティだ。若い年齢のうちにチャレンジができて本当によかった。
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午前の部が終了し、りょうたさんオススメのイタリア料理のオーベルジュサトウさんへ行くことにした。ここ最近和食ばかりだったので、違う味を食べたかったのでちょうどいい。
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さわさわと白のレースが揺れる窓際から、停めているバイクや青空と白い雲が透けて見える席に座る。プールのあとの教室に吹く風はこんな感じだったなあとノスタルジーに浸る。
店内はこじんまりとしていて、厨房から調理の音が聞こえてくるのが心地よよい。スピーカーからは、夏といえばという曲が次から次へと押し寄せている。店員さんのチョイスなのだろうか。ポルノグラフィティのミュージックアワー、def techのMy Way、キマグレンのLIFE、RIP SLYMEの楽園ベイベー、桑田佳祐の波乗りジョニー…。
一足早く夏が訪れたなあ。ここはまだ6月だけどね。
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ふと、小笠原に来て変わったことってなんだろうと考える。
あ、かっこいいと思う大人像が変わったかも知れない。いや変わったというよりは明確になったというべきか。
お金持ちになって、派手な遊びができるひとには興味がなくって。自然に詳しくて、鳥の鳴き声がわかって、歴史を語れる。海の動きや天気がわかるひと。
自分の興味にしたがって、地に足ついた力で生きているひとはとても魅力なのだ。
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「南島は4回挑戦して4回とも無理だった人もいるんですよ。だいたい6~7
割の上陸率で、特に8月は台風がよくくるから、丸々むりだったこともあるんです。」
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「ヤドカリはまわりにあるものを背負って歩くんです。ヒロベソカタマイマイは1000年前に絶滅したんですが、台風の影響で砂浜から出てきたんです。」
「えらく贅沢なものを背負ってるな〜」
「天然記念物が天然記念物を背負ってるんです」
母島の大砲などの戦跡といい、父島のマイマイの化石といい、貴重な歴史資料がゴロゴロと転がっている。その整いすぎていない魅力が小笠原ならではなんじゃないかと感じる。
はじめて無人島に来たけれど、人の気配を感じさせない自然はとても高貴で、どこか気品のあるうつくしさだった。「お邪魔させていただいている」という感情を強くもつ。
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二見港に戻ってくると、おが丸に乗ってやってきた食材でスーパーが盛り上がっている。島全体の雰囲気もこころなしか違う気がする。船が出発して、次の船が来るまでが島の休日なんだろう。今日は島の月曜日だ。月曜日なのに喜ばしい。
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「とものさん!イルカ、見れましたよ。」
「イルカ、見れましたかよかったですねえ。ハンドウイルカだと一緒に遊んでくれるんですよ。そう、イルカにも種類があってね。」
「わぁそうでしたか。知らなかったなあ。」
朝早くから送ってくれたり夕方も夜も忙しいなか送迎してくれるのに、いつも機嫌よく話を聞いてくれるとものさんのことが好きになっていく。港からホテルに向かう10分くらいで、その日あったことを、まるでおばあちゃんに近況を伝えるように話したくなる。
「そしてね、やっと友達ができたんです。一緒にツアーをまわってて。今日は夜に飲む約束をしたんですよ」
「旅っていうのはまずは自然の美しさで、次に人、ですよね。友達ができたのいいじゃないですか。」
あぁ心地よい。
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ダイビングとバイクの旅が好きな歳は2つ上のりょうさんと、ツアー中にはそんなに話してないにも関わらず、フィーリングが合うような気がして勇気を出して飲みに誘ってみた。
いわゆる大企業でエリートコースを進んでいるりょうさんだったけれど、豊かさについて疑問に思うと語る。
上司が奥さんとはほとんど話さず会社の飲みばかり、タワマンを買ってベンツに乗り回す、会社の評価を上げるために行きたくもない上司との飲み会に参加する…。
りょうさんの中では、本当はもっと豊かな暮らしがあることを知っていながら、会社員の生き方に甘んじているんだ、ととても共感のできる状況だった。わかるなあ。島で暮らしたり、悠々自適に生きたいですよね。だけど安定してる仕事も惜しいし。
「僕は自分から声かけるとか苦手なんです。だけど、旅に出ると不思議とできちゃう。知らない自分に出会えるから、ワクワクするんですよね。」
たしかに。実際にこうやって初対面の人を飲みに誘ったり、いろんな人に写真撮っても良いですか?と聞くのもかなり勇気のいることだった。
たった一歩踏み出すだけで、すこしだけ図々しくいうだけで、意外と相手は受け入れてくれるし、もっと深い関係になれる。
今回の小笠原で、ひとり旅にハマる人の気持ちがわかったような気がした。
「環境音を聞いてると、生きてるって思えるんだよね」とYouTubeの3時間BGMの動画を見せてくれる。わかります。だから僕、今回の旅で小笠原の音を集めたくて少しずつ録り集めてるんです、と伝えると喜んでくれる。
旅って不思議だなあ。同じタイミングで同じ場所に行こうとしたこと。それだけで仲良くなるには十分の理由なのかもしれない。3時間くらいだろうか、話が止まらず話しつづけた。
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帰り道、とものさんがなんでここで暮らしているのかを聞いた。
「もともとは別の仕事で10年ほどきていたんですが、家族ができて、内地へ帰りたくないと言われたので今の仕事につきましたね。」
慣れれば快適ですよ、出張も少ないですしねと笑いながら話す。あぁこの人は強い。そしてこれは強さからくる優しさだ、と思う。いろんな変化を前向きにとらえて、人生の手綱を引いてきた強さだ。
自分で意思決定をして住んでいる人ばかりの小笠原だからこそ、しなやかで強く優しい方ばかりなんだろう。僕も住む場所を自分の意思で選べるように強くなろう。
(次回へつづく)
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