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「和賀英良」獄中からの手紙(44)  ユタの予言  

―泡盛古酒とユタの予言―

銀座のギャラリーで田所重喜と出会った数日後、吉村は田所の秘書にアポイントを取り、等々力にある私邸に向かった。

しかし、その日に田所邸で起こったことは、自分にとってまったく予期していないことであり、理性的な判断を信条としている吉村にとってはまったく理解できないことだった。

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吉村は帰路の途中で蒲田の駅前にあるなじみの居酒屋に寄り、小上がりの座敷に座って一人で酒を飲んでいた。

手酌でビールをコップに注いだあと、一気にそれをあおった。ビールは好きだが、今日はもっと強い酒を飲まないと気が済まないだろう、そんな予感が吉村を支配していた。

もう「酒のつまみ」などどうでもよかった。しばらくして大分酔いが回ってきた頃、吉村は通りかかった年配の店員を呼び止めた。

「ねえ、おばちゃん、この店で一番強い酒ってなに?」

真っ赤なエプロン掛けで還暦を過ぎたであろう女店員はすぐに答えた。

「そりゃ泡盛の古酒(くーす)だよ、お客さん。わたし沖縄出身だから間違えっこないよ」

 その店員の名札には「照屋=てるや」とあり、吉村はすぐに沖縄出身の人だとわかった。

「じゃ、それもらおうか、今日はビールじゃ物足りないんだよ」

女店員は明るく笑いながら沖縄のイントネーションでこう言った。

「あ、あんた今日良いことあったろう、なんか顔に書いてあるぞ、出世する話もらったんだなぁよかったなぁ、わしゃ沖縄の「ユタ」の血引いてる。あんたの顔見ただけですぐにわかるんよ」

吉村も酔った息ですぐに返した。

「おっ、それ当たってるよ!おばちゃん、ありがとう。将来オレがテレビに出たり、国会議員になったら、あんたの名前思い出すよ!名前は・・・・【てるや】さんだね【てるてるてるや~てるぼうず】~覚えとくよ!」

そんな吉村の軽口を聞いているかいないうちに、その女店員は調理場に向かって叫んだ。

「泡盛くーすー!一杯!!」

大声を出して足早に行ってしまった。

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吉村はここで冗談を言ったことが、その後の未来に実現するなどまったく思ってもいなかった。そして運ばれてきた泡盛を舐めながら、今日の一日、いや田所と対面した三十分ほどの時間を振り返り、自分の人生の仰角が変わってしまったことに改めて驚いていた。

「やらせていただきます」


その言葉が自分の口から出たことが信じられなかった。
金のためにやりたい、こうすれば得になる、そんな計算は一つもなかった。強いて言えば佐知子さんともっと話しをしたい。そんな気持ちのほうが強かったのかもしれない。

興奮している自分をいさめるように、吉村は泡盛をあおった。

強いアルコールが体にしみわたってきた吉村は、先週おこなわれた高校の同窓会で、友人から聞いた不思議な話を思い出していた。

蒲田の馴染みの居酒屋にて©1974 松竹株式会社/橋本プロダクション

第45話:https://note.com/ryohei_imanishi/n/n1f27b83518c6

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