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「和賀英良」獄中からの手紙(45)  ロサンゼルスの奇跡

―ロサンゼルスの奇跡―

夏も終わろうとしていた日曜日の午後、吉村は高校の同窓会に出席するため目黒駅から坂を下った和風宴会場で有名なホテルに向かっていた。

吉村の通っていた高校は目黒と蒲田の間にある武蔵小山駅のすぐ目の前にあった。高校のうたい文句は「日本で駅から一番近い高校」であり、駅から十分でなく「駅から十歩」。駅改札口を挟んですぐに校門がある。そんな東京の伝統ある都立高校は、都内でも有数の進学校であった。

久しぶりに会う友人たちは様々な大学へ進学し、その後の職種も違っていた。自分の同級生に警察関連の者はいない。

吉村にとっては、今日だけは警察の仕事を忘れられる時間になる、と期待していたが、それはすぐに裏切られた。

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会場に着くとすぐに仲の良かった小山内(おさない)という外資系商社に就職した麻雀友達が目ざとく声をかけてきた。
「よう、刑事さん、久しぶりだね。元気そうだけど例の事件でお手柄だってね」

―もう蒲田の事件の話か、吉村は説明するのが面倒だった。

「解決したよ、もう終わり。映画になっちゃったからみんなにいろいろ聞かれるよ。おまえも見たんだろう?あの映画」

そう言ってからすぐに飲み物を探しに奥に進んで、めんどうな小山内を振り払った。しばらく他の仲間と歓談していると、また彼がそばにやってきた。

「なあ吉村、片山省吾のこと聞いたか?いまアメリカでガーディナーやってるよ」
「ガーディナーってなに?庭師のこと?」
「そうだよ、その植木職人ていうか庭師なんだよ」
「え、会社辞めたの?なんで?」

片山省吾は同じく麻雀仲間であり、高校にほど近い工業系の国立大学に進学し、卒業後は大手の楽器製造会社に就職、しばらくしてロサンゼルスの現地法人に転勤になったことは知っていた。

「じつは先月にロサンゼルスに出張したとき、片山に連絡したんだ、そして久しぶりに会おうということになって、一緒にベイグドポテトっていうライブハウスにいったんだよ」

「ああ、知ってるよ、ギターのラリーカールトンとかよく出てるとこでしょ」
小山内は急に眉間にしわを寄せて、低い声で言った。

「そうそう、その時にね、ちょっと妙な話を聞いたんだよ」

―その不思議な話は要約するとこうだった。

片山は日本で見合い結婚をして奥さんと共にLAの支店に転勤。子供もまだなので、しばらくは海外生活を楽しんでいたが、奥さんが寂しさもあってか、地域の夫人に勧められキリスト教系のある宗教団体にのめりこんだ。

彼自身は理系大学卒のキャリアもあって、合理性を自分の信条としている人間だった。昔から無神論者で、奥さんの熱心な活動については距離を置いて生活していたらしい。

奥さんからは毎週のように教会に行くことを勧められたが、仕事も忙しいし興味がないから、といって上手く断っていた。

あるときドライブに行こう、ということになった。サンタモニカ市街からマリブのほうに海岸沿いを走り、そこから北上してモンティ・ニードのあたりの峠を走っている途中で、車が大きくスリップ、そして谷に向かって車ごと転落してしまった。

とっさの事故なのであまり記憶がないそうだが、ゴロゴロと横転して谷底にさかさまになって止まったらしい。あまりのことに言葉もなく、夫婦で怪我がないかを確認しようとしたその時、逆さになった車窓の外に「二本の脚」が見えた。

「Are you OK?」(大丈夫ですか?)


二人とも言葉がはっきりと聞こえたそうだ。
その後はなんとか車から出ようとしたがベルトが邪魔してままならず、もがいているうちに、警察やら救急車が来て救助されたとのことだった。

吉村は言った。
「その足が見えた人が救急隊を呼んだんだね」
小山内は首を横に振って答えた。
「いや、ここからが妙な話なんだよ。警察を呼んだのは後方を走っていた大型のハーレーバイクで、近くの家までかっ飛ばして電話してくれたらしい」
「じゃ、その足ってなによ?」
「そうなんだよ、よく考えたら車が転落した直後に、その谷底に誰かが偶然いて、アーユーオーケー?って……おかしいよね」

「だいたいが転落した崖下って人なんか住める場所じゃないらしい」
車は廃車になったが、二人とも奇跡的になんのケガはなかった。

奥さんは「これは神様が助けてくれたのよ」あれは神様の「おみ足」といって、ますます活動にのめりこんでいった。

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片山自身も助かって良かった、という気持ちと「あの足と言葉」を実際に見て、そして聞いたことは間違いない。でも事故の瞬間はほとんど覚えていないし、その足の人?がその後どうしたかはわからない。

しばらくは会社を休んだが、復帰した週の日曜日に奥さんが教会に行こう誘った。いつもだったら断るはずだが、片山はなんとなく行ってみようか、という気持ちになった。

教会はLAの郊外にあるゆったりとした白亜の建物で、その日はあまり信者が来ていなかった。指導者はいつものように説法をし、奥さんは身じろぎもせずにそれを聞いていた。

片山はなんとなくその話を聞いていたが、なにか建物の中がだんだん光りに包まれて輝くように見えてきた。その輝きが頂点に達したとき、指導者がこう言った。

「このなかに今日から私たちの仲間になり、共に歩み始める人がいます」

「その方は、いますぐ私の前に来なさい」


片山はまったくの無意識に立ち上がっていた。
その眼には大粒の涙があふれていた。

そして両手を広げた指導者の足元に進み出ていた。
ひざまずいた片山に指導者は満面の笑みを浮かべてこう声をかけた。

「あなたは今から神と共に歩み始めます、おめでとう」

「Congratulations! with God」


振り返ると奥さんも笑顔で泣いていた。
そして二人で抱き合ってずっと泣いていたそうだ。

―小山内は水割りを飲みながら言った。

「なぁ、聞けば聞くほど不思議っていうか、変な話だろう」
さっきも皆にも話したらこう言ってたよ。

「そりゃ神様に呼ばれたね」って。

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吉村は少し混乱していた。自分にも何かが起こりそうな漠然とした予感があるが、それを否定している自分もいた。そしてその予感にあまり確信が持てなかった。

「それからすぐに片山は会社を辞めたんだって」
吉村は小山内に聞いた。

「それでガーディナーになったんだね、でもなんで崖から落ちてガーディナーにならなくちゃいけないの?よくわからないな」

小山内は急に真顔になって話を続けた。自分がベイグドポテトでそれと同じ質問をしたとき、彼は急に立ち上がってこう言い放ったそうだ。

「だって、ガーディナーになれば一日中『神様』のことを考えていられるじゃないか!」

吉村はそれを聞きながら、自分もそういった宗教体験があれば至高の喜びに近づけるのだろうか、そして自分にもそんなことが起こるのか、起こったらどう受け止めるのか?

同窓会の喧噪の中で吉村は呆然としながら考えていた。

※筆者注
『The Baked Potato』

※「ベイクド ポテト」は、カリフォルニア州ロサンゼルスのスタジオシティ、ノースハリウッドのユニバーサル・スタジオの近くにある有名なライブハウス。ここでは長年にわたりジャズやフュージョン系のアーティストのライブレコーディングが数多く行われた。ギターのラリー カールトンは1986年に『ラスト ナイト』を録音。TOTOで有名なドラマーのジェフ・ポーカロやギターのスティーブ・ルカサーもたびたび出演。グレッグ・マティソン・プロジェクト「ベイクド・ポテト・スーパー・ライヴ」もその二人が参加した有名なライブアルバム。ここはLAのベストジャズクラブにも選出された。
 

事件当時の吉村 弘© 1974 松竹株式会社/橋本プロダクション

第46話:https://note.com/ryohei_imanishi/n/n5cc6f7f27c37

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