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猫を棄てる 父親について語るとき/村上春樹
今回は非常に短い作品のこちらを読んだ。
小説ではないが、村上春樹らしい文体で非常に読みやすく、学びの明確な作品であった。
思考をまとめていく。
人の心の繋がりというのはそういうものだし、また歴史というのもそういうものなのだ。その本質は〈引き継ぎ〉という行為、あるいは儀式の中にある。その内容がどのように不快な、目を背けたくなるようなことであれ、人は自らの一部として引き受けなくてはならない。もしそうでなければ、歴史というものの意味がどこにあるだろう?
→歴史は引き受けなければならない。全ては繋がっている。
そのときの海岸の海鳴りの音を、松の防風林を吹き抜ける風の香りを、僕は今でもはっきり思い出せる。そんなひとつひとつのささやかなものごとの限りのない集積が、僕という人間をこれまでにかたち作ってきたのだ。
→全ては積み重なっている。今の自分も息子も。すべてを背負い、生きている。
そしてそれはまだ幼い僕にひとつの生々しい教訓を残してくれた。「降りることは、上がることよりずっとむずかしい」ということだ。より一般化するなら、こういうことになる。ー結果は起因をあっさりと呑み込み、無力化していく。それはある場合には猫を殺し、ある場合には人をも殺す。
→起きたことは変えられない。言い訳が通用しないこともある。それを忘れず、今に集中すること。責任を持つこと。
言い換えれば我々は、広大な大地に向けて降る膨大な数の雨粒の、名もなき一滴に過ぎない。固有ではあるけれど、交換可能な一滴だ。しかしその一滴の雨水には、一滴の雨水なりの思いがある。一滴の雨水の歴史があり、それを受け継いでいくという一滴の雨水の責務がある。我々はそれを忘れてはならないだろう。
→一人一人はちっぽけで、宇宙の歴史に比べればなんでもない存在だ。だが、受け継がれて今がある。今、自分は何を果たすのか、一滴なりに精一杯生きていく。
戦争がテーマの思い軸から今の自分が何をすべきかを考え直すことができる作品だ。
すごく短い作品なので、ぜひ手に取っていただきたい。
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