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昭和のオフィス

平成元年(1989年)12月29日に日経平均が38,915円超の最高値をつけたのが、かのバブル経済のピークとされている。私はその2年前に大学を卒業し、当時は都内の企業で働いていた。

それはまだパソコンが普及する前のことで、人々は文字通り紙に埋もれて仕事していた。扱う書類はどれもたいてい3枚から4枚の複写式で、ボールペンの筆圧が弱いと一番下の紙に写らない。何枚も書いてるとけっこう指が疲れた。

いま振り返れば危険極まりないと思うが、そんな紙の山のオフィスは禁煙ではなかった。私自身も当時はスモーカーで、隣の男性とデスクの灰皿をシェアしていたように記憶する。手にはボールペン、口にはタバコ。もちろんオフィスには非喫煙者もいたはずだが、彼らはよく我慢していたものだ。当時は副流煙という言葉もあまり知られておらず、どこの会社でも同じようなものだったし、飲食店も交通機関もみなスモーカー天国だった。

そのオフィスについての記憶は、紙の山の間から立ち上るタバコの煙と指が疲れる複写書類以外、あまりない。いくらなんでも1日中書類を書いていたわけはないのだが。まだ携帯電話はなく(外出時はポケベルを持たされた)、電子メールの時代でもなかった。ということは、仕事の連絡は固定電話とファックスのみで行っていたはず。それもパソコン以前だからファクスは手書きだったのだろうか。あるいは1課に1台くらいはワープロ専用機があったのかもしれない。(IPSJコンピュータ博物館「日本語ワードプロセッサの歴史」によると、カシオから1台6万円を切る汎用ワープロ機が出たのが昭和60年(1985年)だそうである。)

そういえば、今でいうエクセルのような表計算ソフトが入ったパソコンがフロアに1台あった。たしかロータス123という名前だったような。それを使いこなせる人を私など尊敬のまなざしで眺めていたものだ。

このところ日経平均が33年ぶりの高値とかで、ついにバブルピーク越えも近いのかもしれない。この33年の間に、禁煙がデフォルトになったという意味では日本社会は「進化」したかもしれないが(私も30年前に禁煙した)、仕事のやり方についてはどうだろう。全面的に「進化した」とは必ずしも断言できないような気もするのだが。

今日の空は散歩中に川の土手から。明るい曇りという意味で花曇り、と書こうとしたらそれは春の季語だった。



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