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昭和の選挙

来週の日曜日、いま私が住んでいる福島市の市議会議員選挙が行われる。ということで今日の我が家の周辺では選挙カーが賑やかだった。候補者の名前をひたすら連呼するスタイルは昔からちっとも変わらない。

私が子どもの頃はもちろんインターネットなどなかったから、有権者が候補者の掲げる政策や信条などを知る術は、投票日の少し前に郵便受けに入ってくる選挙広報だけだったはずだ。今でも公報は入ってくるが、たったあれだけの情報でよく決められるものだ(というかあれで決めていいのか)と不安に思うのは私だけだろうか。

だからこそ昔は組織票というものの威力が絶大だったのだろう。うろ覚えだが、小さな歯科医院を経営していた父は、歯科医師会の推す自民党系候補に投票するのがデフォルトだったと記憶する。さもなければ、選挙カーの連呼でいちばん記憶に残った名前を投票用紙に書く時代だったのだと思う。

インターネットを使った選挙活動が解禁されたのは、平成25年(2013年)だったというから、それほど昔の話ではない。(総務省:インターネット選挙運動の解禁に関する情報

今はネット上で選挙公報以上の情報を得ることができるし、国政選挙ならば質問に答える形で自分の考えと近い候補者を絞り込めるサービスもある。それでも特に地方選挙ではまだまだ氏名連呼スタイルが幅を利かせているのは、有権者はみなネットを見ない高齢者だからというだけでなく、私を含めたどの世代も大半が選挙自体にまるで関心がない、という事実の裏返しなのだろう。

昭和40年代の市議選の投票率は80%近く、県議選でも70%以上あった。いまはどちらも5割を切っている(明るい選挙推進協会:統一地方選挙の投票率推移)。紅白歌合戦の視聴率の推移と相似形だ。

情報は限られていたがみんな投票には行った時代と、情報はふんだんにあるがみんな政治への関心(期待)を失った時代。どちらがいいという単純な話ではないけれど。

19時前でも明るい西の空。まだまだ日が長い。

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