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勤め上げるのは昭和ですかね

もう1冊、本が出た。

『愛と葛藤の日々 イチエフ事故は一東電社員の人生をどう変えたか』(著者:間下由子氏/東京図書出版)

これは私がいわゆるブックライターとして聞き書きを担当した本で、私も記名で「あとがき」を書かせてもらっている。著者、間下由子(ましも・よしこ)さんが昨年6月、34年3か月務めた東京電力を退職したのを機に開始した出版プロジェクトだった。

詳細はぜひ本を読んでほしいが、私が彼女にこの本の出版を勧めた理由は二つある。ひとつはもちろん、間下さんの東電社員としての、しかも超少数派の女性技術職としての経験、そして、かのイチエフ事故をきっかけとした福島での勤務体験の内容は、きっと世の中に知らしめる価値があると信じたからだ(ちなみに彼女自身のキャリアは原子力部門とは無関係)。

もうひとつの動機は、華やかな実業家でも若手起業家でもない、いま流行りの脱サラ・フリーランスでも副業成功者でもない、会社ひとすじの普通のサラリーマン人生に光を当てたいという思いである。

同じ会社員でも、それこそ『島耕作』のように(私はシリーズを読んでいないけど)一介の課長から社長まで上り詰めたような人ならば、その経歴が取材されたり本になったりすることはある。でも、そんな人など一握りで、その他大勢はマスコミにもネットメディアにも取り上げられることなく、ただ黙々と働き、静かに会社員人生を終えていく。

しかし、そういう無名のサラリーマンたちこそが、日本株式会社の屋台骨を支えてきたし、そして今でも支えていると私は思う。

私がいま住んでいる福島県には、2011年の原発事故のせいでまだ人が帰れない場所が残っている。それでも事故から12年たって地域の復興は確実に進行中だ。そしてそれを支えているのも、メディアで頻繁に紹介される「苦難を乗り越えて事業再開を果たした帰還者」や「課題だらけの地に敢えて飛び込んだ若い移住起業者」だけではない。縁の下では、現場の作業員、行政職員をはじめ、復興事業に関係する多数の企業の無数の従業員が汗をかいている。その全員が間下さんのような忠誠心と使命感を持って働いているとは言わないが、多くは真摯に、かつ淡々と、与えられた任務に向き合っているはずだ。復興はその積み重ねの先にある。

どうも最近は、日本式の新卒一括採用・年功序列・終身雇用こそ諸悪の根源とか、日本的なメンバーシップ型(就社型)は時代遅れで欧米式のジョブ型(就職型)が正しい、とかという風潮を感じる。

もちろんどんなシステムも制度疲労は起こすので、変えるべきは変えないといけない。イノベーションもトランスフォーメーションも必要だろう。でも、一つの会社に愛情をもって定年まで勤め上げる、という働き方はそんなに悪いことなのだろうか。

昭和生まれのおばさんには、どうしてもそうは思えない。ぜひ間下さんの会社人生を読んでみてほしい。

この空は高度1600メートルの浄土平から。青がきれい。

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