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アンティークカップについての考察など。

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カップや窯などについての考察をまとめております。
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記事一覧

瀬戸の染付のカップについて

先日入手した美しい染付のカップについての考察をまとめています。 余談ですが、この品は某骨董店の軒先で昨年5月に出会いました。 見せて頂こうと門戸を叩いてお願いしたのですが、その対応たるや常軌を逸するレベルの感じの悪さ。当時は二度とお店に近づくことも無いだろうと思っていたのですが、ことあるごとにこのカップのことを思い出すので、思い切って再訪したところ、相変わらず軒先に粗雑に置かれていたので即購入し、超濃厚漂白剤でお清めして今日に至ります。 本題に戻ります。 本品のソーサー

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ロイヤルコペンハーゲンの裏印の数字について

カップの裏側です。 記されている数字についてご説明します。 まずはこちら 316個中の1番目。という意味ではありません。 316という数字は、このカップの型(シェイプ)に充てられた番号です。カップだけではなく、様々なサイズのプレート、ポット、ソルト&ペッパーなど、全ての型に異なる数字が充てられています。 1という数字は、図柄に充てられた番号です。ブルーフルーテッド(プレイン、ハーフレース、フルレース全てを含む)には1が。ブルーフラワーには10が充てられています。

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1842-83年のレジストリマークについて

画像のマーク。アンティークカップがお好きな方ならご覧になったことがあるかと思います。 こちらはかつてイギリスで使用されていたレジストリマークです。様々な情報が盛り込まれているのですが解読が難しく、1842-83年の期間でしか使用されませんでした。現代では商標が登録済みであることを示している「Ⓡ」がそれに近いです。 MARK"A"パターンは1842-67年、"B"パターンは1868-83年に使用されました。 下記に示したTABLE 1〜4を当て嵌めることで意匠登録がなされ

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まずは軽率にアンティークカップを購入しましょう

アンティークカップと聞くと、多くの方々はどのような印象を持たれるのでしょうか。 さぞかし高価で敷居が高い代物かと思われているかも知れません。しかし、フリマサイトやネットオークションの台頭により、品によってはかなり価格が下がってきていて、樋口一葉さん以内でも手に入る魅力的なカップもたくさんあります。 そして、棚に飾りたい!、実用してみたい!など、目的によっても選ぶ際のポイントが変わってきます。 飾ることが目的でしたら、少々のカケやシミなどが目立たない部分にあったとしても、

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アンティークカップとヴィンテージカップ

アンティークという言葉とヴィンテージという言葉。 大まかなニュアンスとしては、アンティークはとても古い。ヴィンテージはまぁまぁ古いといった感じだと捉えていますが、カップはもちろん、家具や時計、ジュエリーなどいろいろな業界で使用されていて、業界ごとに少しずつ違いがあるようです。 ヴィンテージという言葉はもともとワインの製造年代を意味する言葉です。カップについてもある程度年代を経ていて、なおかつ質が良く、鑑賞に値するものに対して使用されています。 25年以上であったり50年

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ミントンのバックスタンプについて

言わずと知れた銘窯、ミントン。 1793年にイギリス、ストーク・オン・トレントに設立されます。 初期の品はほぼ無印です。一部型番のみが入れられている品も見られます。 1800年頃〜30年頃に使用されたマークの一例です。 セーヴルを想わせる雰囲気の手描きのものです。 1850年代頃に用いられたマークの一例です。 特殊な柔らかい釉薬を用いられた品に入れられているようです。 1860年頃〜72年頃に使用されたマークの一例です。 地球型のプリントマークが使用され始めま

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ドルトンのバックスタンプについて

ドルトンは1815年にイギリス・ロンドンのランベスにて設立されます。 初期はストーンウェアを製造する小さな窯でした。 その頃に使用されたマークの一例です。 1877年にバーズレムに移り、ボーンチャイナの製造を開始します。 1882年頃〜91年頃に用いられたマークの一例です。 1891年以降はENGLANDが加わり、1902年頃まで使用されます。 1886年頃〜1902年頃に使用されたマークの一例です。 1902年頃〜1936年頃に使用されたマークの一例です。19

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瀬戸の釉下彩のカップについて

先日多治見の骨董店で、釉下彩(吹き付け)によって菖蒲が描かれた美しいカップを見つけました。 西浦焼風の意匠、白磁は薄造りで非常に上質なもので、竹をモチーフにしたハンドルもバランスよく仕上がっていますが、裏印は見たことのないものでした。 その後に訪れた名古屋の横山美術館で入手した『瀬戸 美濃の美』展の図録に掲載されていた情報によると、どうやら1900年前後頃の瀬戸・加藤勘四郎による品であることがわかりました。 勘四郎は「菱勘」と号し、染付を中心とする磁器を生産しました。染

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太湖石に鳥図のカップについて

1820-50年頃のマイセン製のカップ。 マイセンらしくないゆるっとした絵付けのため、長らく外絵付けの可能性もあると考えていた品です。 結論としては、正真正銘のマイセン製です。 所謂マルコリーニ期とボタン剣時代の間の品です。 この太湖石に鳥のパターンは、この時期の前後にも見られるパターンです。描かれた線は決して丁寧ではなく、鳥もゆるカワな魅力を醸し出しています。 マイセンにも調子の良い時期もあれば悪い時期もあります。こちらは後者の時期の品です。経営は傾き、技術の

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シュラッゲンヴァルド窯について

ボヘミアを代表する銘窯、シュラッゲンヴァルド窯の変遷についてまとめました。 1792年 Johann Georg Paulus によって開窯。 1800年 Luisa Sophia Greiner に売却。 1803年 Greiner の娘婿であり医師の Johann Georg Lippert は Wenzel Haasの協力を得て引き継ぐ。 1808〜47年 社名を Porzellanfabrik Lippert & Haas とする。 1830年 Haasが死去。息子

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後期ウィーン窯のカップについて

19世紀前半頃のウィーン製カップについて、考察をまとめました。 ビーダーマイヤー様式の大変美しい装飾が施されています。 ここからはこのカップの製作年、ペインター、ターナー(轆轤師)を特定していきます。 まずはソーサーの裏側です。中央には染付による盾のマークが入れられています。 "825"という刻印より、焼成は1825年であることが判ります。"1"という刻印より、ターナー(轆轤師)が Franz Dunkel であることが判ります。 盾マークの左側に、金彩でペインター

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閉窯直前のウィーン窯のカップについて

閉窯直前のウィーン窯のとても斬新で個性的なカップについて、考察をまとめました。 型はヨハン・ポイセルによる意匠です。たっぷりとしたサイズで迫力があります。中でもハンドルは非常に個性的ですね。 ウィーンの応用美術館に収蔵されているヨハン・ポイセルのスケッチ(1858年)です。 スケッチの画像は、オーストリア応用美術館のサイトからお借りしています。https://sammlung.mak.at/en/collection_online?id=collect-222002

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