見出し画像

これからのマーケティング戦略で避けられない”Third Moment of Truth”とは

トライバルのブログ「なぜ良質なクチコミを増やすことが大切なのか」に関連して、3年前に書いたブログをnoteにお引越ししました。

以下は3年前(2016年)にMediumで書いていた記事の内容を一部加筆・修正したものになります。

==================================================

みなさんは、自社の商品やブランドに熱狂する顧客の姿を想像できますか?

自社の顧客満足に留まらず、顧客を熱狂に導くことで、中長期的な競争優位を築こうとしている企業が増えてきています。 市場規模の縮小にともなって、従来のマーケティングの限界から、ひとりでも多くの新規顧客に商品を買ってもらうという考え方ではなく、自社の製品を愛してくれている既存顧客に、もっと自社の商品やブランドを愛してもらい、買ってもらう機会を増やす戦略へ転換している企業が成功をおさめてきています。われわれはこのようなブランドを支持する顧客に対して、自社のブランドをもっと熱狂的に好きになってもらう戦略を「熱狂ブランド戦略」と呼んでいます。

今回は、自社の顧客を熱狂させる、熱狂ブランド戦略と、Googleが2000年代に提唱した「ZMOT」という理論を照らし合わせ、ZMOT理論をどのように熱狂ブランド戦略へ応用できるかを考えてみたいと思います。

「真実の瞬間」(Moment of Truth)とは

「真実の瞬間」という言葉をご存知でしょうか。

英語で”Moment of Truth”という用語として知られるマーケティング用語で、「消費行動における重要な顧客接点」のことを指します。これはスカンジナビア航空のCEOヤン・カールソン(当時)によって90年代に発行された書籍『真実の瞬間』の中で書かれている経営革新における重要なキーワードです。同社は、年に1,000万人の旅客が飛行機に乗り、その中で平均5人の乗務員に約15秒ずつ接する機会があることを明らかにし、その旅客と接する15秒のあいだで、競合他社と異なるブランド体験を提供することができれば、他社と明確な差別化ができると判断。顧客と接するこの15秒間を「真実の瞬間」とし、それまでの上意下達型の意思決定システムを大きく転換。現場への権限委譲を進めることで、顧客視点でのサービスを提供する方針へ転換することに成功しました。

その後、 P&Gが真実の瞬間を捉え直し、顧客は店頭の棚の前に立った瞬間の3秒~7秒のあいだで製品の購入を決定し、さらに家で製品を使用する瞬間に、その製品をまた再び購入するかどうかを決めているという調査結果を発表。店頭での顧客接点=”First Moment of Truth”(以下、「FMOT」)と、製品を使ってもらう瞬間=”Second Moment of Truth”(以下、「SMOT」)のふたつの真実の瞬間の重要性を説きました。

さらに2000年代に入り、今度はGoogleがFMOTの前に存在している顧客接点として”Zero Moment of Truth”(以下、「ZMOT」)という概念を提唱。顧客は店頭に来る前にネットで検索をし、商品のレビューを閲覧するため、このZeroのポイントに顧客の真実の瞬間が存在すると説きました。

ZMOTのさらに前にあるもの

このGoogleの提唱する「ZMOT」によれば、ZMOTの前に「STIMULUS」(何かしらの刺激)があり、それがトリガーとなって人々は検索行動をすると説いています。それは一般的なTVCMだったり、雑誌広告だったり、何かしらの商品やブランドの刺激が伴って、人はGoogleを訪れるという行動モデルになっています。

ここで考えなければいけないのは、現代において、この 「STIMULUS=刺激」がかなり変化してきているということです。従来のTVCMなども変わらずこの刺激を構成する要素のひとつに入ってくることは間違いないでしょう。しかし、日々生活を送るうえで、TVCMや広告を見て、そのまま直接Googleへ訪れる人というのはいったい何人ぐらい存在するのでしょうか。たしかにTVCMのぶら下がりで、検索窓のビジュアルとともに、「◯◯で検索」というキーワードを謳っているクリエイティブも存在はします。ただ、実感値として、そのTVCMからいきなりGoogleへ向かう人というのはとても少ないのではないでしょうか。

そうすると、現代の人々にとっての「刺激」には、どんなものが含まれるのでしょう。

その「刺激」を構成する要素の中で重要なもののひとつが、SNS上のクチコミや人からの推奨という刺激です。ソーシャルメディアの台頭とともに、人々の1日あたりのSNSへの接触時間が増加。ユーザーどうしのクチコミの情報価値が相対的に高くなっている現代において、人から強く薦められるという経験が、この「刺激」の要素全体の中で占める割合として日に日に増しています。人々が接する情報チャネルの複雑化だけでなく、チャネルが複雑化し、情報量が多くなっているからこそ、企業からの情報ではなく、生活者からの情報の方が信頼性が高いと評価する人も増えています。

つまり、現代において「ZMOT」の前にある「刺激」の中で、人から発信される情報の影響が徐々に大きくなってきているのです。

ここで話をZMOTに戻します。

「ZMOT」は商品やブランドについて人が検索をする行動です。それは人が能動的に商品を検索し、情報を吟味し、比較をしている行動ともいえます。ソーシャルメディアが普及する以前、ネット上のクチコミがあまり多くの人の目に触れられることのなかった時代において、商品はフラットに比較・検討され、その中で信頼性の高いものが選ばれていたといえます。しかし、ソーシャルメディアが爆発的に普及し、「人からの推奨」がZMOTの前における「刺激」の段階で大きく関与するようになった現代では、人はすでにGoogleの画面を向き合う前に、いくつかの情報(それも好意的な情報)を取得している状態で、検索ワードを打ち込んでいるようになっているといえないでいしょうか。

たとえば、新たに一眼レフのカメラを購入しようとしたとき、Googleでネットの広大な海の中で情報を探す前に、カメラ好きな友人や知人にどんなカメラを使っているのか、どんなカメラが良いのかを聞いたりしませんか?もしくはたまたまInstagramでみつけた美味しそうなパン屋さんを発見して、ネットで食べログの評価を検索するということもあると思います。

つまり、「人からの推奨」が効果的な現代の情報環境においては、ZMOTの前の段階ですでに勝負が決まりかけている可能性が高いといえます。ZMOTの段階に入る前に人からの推奨によってマインドがある程度形成されているため、推奨された商品やブランドはZMOTの段階で一歩も二歩もアドバンテージがあるということです。

「ZMOT」に影響を与える”Third Moment of Truth”

しかし、マーケティング戦略は施策としての再現性があるものでなくてはなりません。「推奨」が重要であるとわかったからといって、人からの推奨(もしくは商品やブランドに関するクチコミ)を意図的に操作することはもちろんできませんし、クチコミそのものを企業の都合で操作してはいけません。我々マーケターは、刺激自体をつくろうとするのではなく、「人からの推奨」が自然と発生するような機会をいかにつくれるかを考えていかなければなりません。

言いかえると、自社の商品・ブランドを企業の都合が介在せずに、自ら進んで推奨してくれる環境をいかにつくれるかということに取り組んでいくことが重要になります。

そこで注目したいのが、ZMOT、FMOT、SMOTに続く、”Third Moment of Truth”(以下、「TMOT」)という概念です。海外のいくつかの論文ではすでに論じられているものもありますが、まだあまり馴染みのない概念かもしれません。この、Zero・First・Secondに続くThirdの「真実の瞬間」とはどういったものなのでしょう。

それは、顧客のロイヤルティを高め、商品・ブランドに対する熱狂度が高まる瞬間のことを指します。顧客が自社の商品・ブランドのことに満足するだけでなく、それを自らの生活の中でなくてはならない、かけがえのない存在として感じてくれる状態です。

ここで、SecondとThirdの区分けが曖昧になりがちですが、SecondとThirdではハッキリとその状態が異なります。Secondはその商品を購入して、一定の満足を得た瞬間を指し、顧客が再購入してもいいという評価を与える機会を指すのに対し、Thirdは顧客に一定の満足以上の価値、つまり期待以上の価値を提供し、その商品・ブランドがその人にとってなくてはならない存在になる瞬間を指します。Secondは顧客の期待価値に対して、提供価値が一致している状態、Thirdは顧客の期待価値を超える提供価値を与えられている状態と言い換えることもできます。

画像1

このように顧客満足にとどまらず、商品・ブランドに対して顧客を熱狂に導くことによって、その熱狂者の一部が新たなターゲット顧客に対して、自社の商品・ブランドを推奨していく可能性が高くなります。逆の言い方をすると、商品・ブランドのことを好きではない顧客が、新たなターゲット顧客に商品・ブランドを薦めることはありえません。

この顧客を熱狂に導くという戦略は、まさに「北風と太陽」の寓話と似ています。莫大な費用をかけたマス戦略で、強制的に刺激を届ける消費者を増やす戦略をとるのか、すでにブランドを愛してくれている顧客を大切にし、自社のお客様を通して新たなお客様へ商品やブランドの魅力を伝えていただく戦略をとるのかで、戦略は大きく異なります。短期的には前者の戦略も効果があるように思えますが、中長期的に見れば、後者の方が競争優位性を築きやすいのは明らかです。なぜなら、前者の「北風の戦略」は、常に強制的にクチコミを発生させなければならないため、常に短期的な成果のための費用を投下し続けなければならないのに対し、後者の「太陽の戦略」は商品・ブランドを愛してくれている人に対して、自社をもっと好きになってもらう施策により、自社の顧客が自ら新規のお客様へ商品・ブランドの魅力を伝えてくれるため、顧客が商品を愛してくれている限り、推奨の機会が発生するからです。

さらに、この顧客を熱狂させることの価値は「推奨」だけに留まりません。自社の熱狂的な顧客の価値は主に6つに分類されます。

その6つとは、以下のとおりです。

「経済価値」・・・ひとつのブランドを購入し続け、継続的な利益貢献をしてくれる価値

「顧客理解価値」・・・自社のブランドを好きでいてくれる理由やそのプロセスを知るための良きパートナーとしての価値

「共創価値」・・・熱量の高い顧客とのディスカッションや協働を通じて、そのブランドを体験する文脈を発見することができる価値

「影響価値」・・・対面での直接的な推奨や、ソーシャルメディア上のクチコミを生み出し、新規顧客に対して商品・ブランドのポジティブなブランド連想を提供する価値

「コミュニケーション・リデザイン価値」・・・熱量の高い顧客を理解することによって、従来のコミュニケーションを見直し、より効果の高いマーケティング施策へコミュニケーション全体のあり方をリデザインしていく価値

「支援価値」・・・熱量の高い顧客からのフィードバックを得ることで、社員に対して営業サポートや開発のヒントを提供することができる価値

このように、顧客が自社の商品・ブランドに熱狂する状態に導くことによって、様々な顧客価値を期待することができます。これらはいずれも、顧客が商品・ブランドへ熱狂しているからこそ成立する価値です。

上記の顧客価値を発揮するために、TMOTを従来のロイヤルティ戦略にとどまらず、 顧客がZMOTへ向かう前の段階で影響をあたえることのできる重要なマーケティング機会として捉え、「①顧客を熱狂に導くこと」と、「②新たな顧客獲得の機会を生み出すこと」の両軸を最大化することにこそ意味があるのです。

マーケティングによって、いかにこの「刺激」をつくるかということは、広告業界のビジネスの歴史そのものといえるかもしれません。しかし、将来明らかに人口が減少し、製品のライフサイクルが短くなっている現代で、機能価値だけによる差別化も難しくなった今、この「刺激」を強制的につくり出すのではなく、顧客の持つ文脈からいかに提供できるかということが、将来の良質な顧客を産む重要なポイントになってくるはずです。

マーケティングファネルの入り口の潜在層へいかにアプローチするかだけを考えるのではなく、 購入後の顧客の熱量を高め、そこからいかに新規顧客を獲得していくかを、 マーケティングファネルを横断してダイナミックに考えていかなければならない時代になってきています。

今後のマーケティング戦略を考えていく中で、SMOTの次にあるTMOTへ注目し、顧客を熱狂へ導くことこそ、現代においてブランドが長期的に生存していくための大切な「真実の瞬間」となっていくのではないでしょうか。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?