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忘れたら、また思い出せばいい

今日、自分の近くで行われていたやり取りでこんな会話が繰り広げられており、自然と耳に入ってきた。

A「私、なんかついつい完璧を求めてしまうんです。筋道を立てて。それを出来ていない自分が気になるし、出来ていない周りが気になるんです」

B「そうやって筋道を立てて考えられるのは○○さんの強みだよね!でも、『出来ない自分も許してみる』っていうのも大事だと思うよ。私も全然至らないところばかりだし。ま、「人間だもの」ってね。」

「出来ていない自分も許してみる」、自分の中の言葉センサーが反応した。

言葉センサーが反応するときって、たいていの場合、自分がその言葉を必要としている時だ。

人の言葉を盗み、記事のテーマにする。立派な言葉の強盗だ。だけど自分の解釈を付け加えているからそこは大目に見ていただいて。


めっちゃいい言葉だな、と思いながら自分の過去記事を振り返って見ると同じようなものを書いていた。

最近結構そういうことはある。

「これいい言葉だな」「これ記事にしよっかな」と思うと、大抵過去の自分がすでに記事にしている。

「あ、書いてたこと忘れていた」

とその都度思う。

人間は忘れる生き物だ。

良くも悪くも。

楽しかった過去ほど案外すんなり忘れてしまって、思い出したくない過去ほど根強く残っているものだ。というのはおいておいて。

たしかに人間は忘れる生き物かもしれないけど、学べる生き物でもある。

忘れたらまた学ぶことで思い出すことが出来る。

自転車の乗り方だって、小さい頃苦労して苦労して乗れるようになった自転車を、少し成長してから再び乗ると最初は安定しない。

だけど何回かやってみると過去の記憶を思い出したかのように、すんなり乗れている自分がいる。忘れても根本は覚えているんだ。


忘れるのも人間。

また学べるのも人間。

どっちがすごい能力で、どっちが悪い能力とかそういうのはなくて。どっちも必要な力だと思っている。

だから忘れたらまた思い出せばいい。

一度忘れたという経験を経て、よりしっかり覚えようとする。

だけど一番ダメなのは「忘れた」という事実がわからないこと。
「忘れた」かどうかを忘れてしまうこと。


だから私はストック型のメモを大切にしていきたい。

それはnoteしかり、evernoteしかり、メモしかり、手書きのメモ帳しかり。

過去の自分を振り返られる場所、過去の学びを振り返られる場所、しんどくなったとき、思い悩んだとき、少し浮かれてしまっている時に立ち返られる場所。

そんな自分にとっての「ホーム」となる場所を常に持ち、常に更新し続けたい。


初心忘れるべからず。

忘れたらまた思い出すべし。

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