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ジーコ商会

ジーコ商会:「ジーコ商会! ジーコ商会だよう! みんな大好きジーコ商会! ジーコ商会だよう!」



子供たち:「あ! ジーコ商会だ! 最近見なかったからブラジルに帰っちゃったのかと思っていたよ。ねえ! ジーコ商会さん! ジーコ商会さんったら!」



ジーコ商会:「やあ、子供たち。昼間っから何をしているんだい? この公園で。みんなで学校をサボって反乱軍でも組織するつもりなのかい?」



子供たち:「いやだなあジーコ商会さん。今日は祝日じゃないか? だから学校は休みなんだよ。はあ・・・でも反乱軍を組織したい、というのは当たっているね。どうして学校って・・・あんなにつまんないんだろう?」



ジーコ商会:「そうか今日は祝日か・・・。すっかりブラジルのこよみに慣れちゃっていたからさ。まあいいや、そんなことは。君たちは学校がつまらないと思っているんだな?」



子供たち:「イエス! アブソリュートリー、イエス!」



ジーコ商会:「そうかそうか。実はおじさんもね、昔は学校が嫌いだったんだ。あそこはね・・・機械のような労働者を作るための養成所なんだよ。君たちの個性なんてクソみたいにどうでもいいものなんだ。分かるかい? 数字で測れるものを生み出すこと。求められているのはそれだけさ」




子供たち:「でもイエス・キリストがかつて〈人はパンのみにて生きるものにあらず〉って言ったよ。たしか」



ジーコ商会:「その通りだ。でもみんなイエスの言葉になんて耳を傾けないのさ。なぜなら怖いからだ」



子供たち:「怖い? 大人になっても怖いものってあるの?」




ジーコ商会:「あるさ、もちろん。でも彼らの場合自分でそうと気付いていないからタチが悪い。自分は完全に善の側にいると思い込んでいるのさ。つまりね。視野がものすごく狭くなってしまっている。まったくね・・・。そういうときにはだね、一つしか有効な対抗手段はない。それは・・・」



子供たち:ゴクリと一斉に唾を飲み込んで。「それは・・・?」




ジーコ商会:「それは新鮮なジーコを買うことだよ。ここにいっぱいある。ブラジルから持ってきたんだ。ジーコの森からね。大きいのから小さいのから緑色のから虹色のまで、ありとあらゆるジーコが揃っている。さて、どれがいい?」



子供たち:「でもそれを買ったところで僕らは学校から解放されないよね?」




ジーコ商会:「まあそう焦るなって。学校というのはだね、一見小さな世界に見えるが、本当は大きな組織の一部なんだ。〈国家〉というね。だからそんなに簡単に破壊することはできない。というか原理的に不可能なんだ。なぜか分かるかい? そう、君の言う通りだ。良い子だね。そのシステムは我々の秘められた願望が生み出したものだからだ。我々の意識は本当は〈自由〉とか〈真実〉といったものには耐えられないんだよ。大抵の場合ね。だからそういった硬直化したシステムが有史以来ずっと、ずうっと●●●●生み出され続けてきたんだ。だからこんな公園で可愛い小学生たちが反乱軍を組織したところで奴らにとっては屁でもないんだ。君たちはとっ捕まって徹底的に洗脳されるだろう。それで〈正常な〉良い子ちゃんに変えられてしまうんだよ。そうなったら死ぬまで労働だ。自由なんてない。たとえ〈自由時間〉なるものがあったとしても、それを有効には使えないだろう。なぜなら自分を頼みにするという能力を、徹底的に奪い去られてしまっているからだよ。彼らが言っているのはつまりこういうことさ。〈君たちは馬鹿なんだから俺たちの言うことを聞け〉ってね。〈自分を頼みになんかするな。道を間違ってしまうぞ。俺たちは正しい道を知っている。この道を進めば長く平和に生きられるぞ〉ってね」




子供たち:半泣きになりながら。「グスン・・・。そんなのは嫌だよ!」



ジーコ商会:「そう。そんなのは嫌だよな。それが魂を持ったまともな人間が考えることだ。でもみんな洗脳されていくうちに頭がおかしくなっていってしまうんだよ。残念ながら、ね。しかしまあここにジーコがある。これだけが救いだ。ジーコの木からね、私自身が採集してきたんだよ。アマゾンの奥地でね。私もね、子供の頃実は同じことを考えていたんだ。このままじゃ駄目になってしまうってね。だからジーコに祈りを捧げたんだ。当時彼は鹿島アントラーズに所属していて、まだ現役だったんだよ。私はテレビで夢中になって彼の姿を眺めていた。正直ほかの選手は目に入らなかったな・・・。まあとにかく、そこで彼が素晴らしいゴールを決めたんだ。私が祈りを捧げた瞬間に、だよ。そしてそのとき、私ははっと悟ったんだ。ああそうか。僕は〈ジーコ商会〉になればいいんだ、ってね」



子供たち:「論理性が・・・ちょっとよく分からないのだけれど・・・」



ジーコ商会:「論理性なんてどうでもいいのさ。まったく。君らも洗脳され始めているな。大事なのは心持ちさ。祈り●●だ。要するに。心の中に〈ミニジーコ〉を持っている限り、その祈りは死なない。私はそれを悟ったんだよ。どうも観察してみるとね、子供の頃はいいんだが、みんな大人になると純粋な気持ちを失ってしまうものらしいんだ。それで目がだんだん淀んでくる。私はそうなりたくなかったんだ。だからそのときにね、心の中に〈ミニジーコ〉のための場所を設定してね、そこは空洞にして取っておいたのさ。最初は想像上のものだったが、次第に調べるにつれて、アマゾンの奥地に本当に●●●ミニジーコの木があることが分かった。あとはもう必死にバイトをしてね、渡航費を稼いで、あちらに行ったってわけだ。今ではポルトガル語もペラペラだよ。私は自分を頼みにしてよかったと思っている。だってそうじゃないと・・・きっと退屈な会社勤めとかしてさ、まわりの人みたいに目が死んじゃっていたに違いないからね。せっかく生まれてきたのだもの。君たちだってポジティブに、自然に、ハッピーに生きたいよね」



子供たち:「もちろん!」



ジーコ商会:「だとしたらこのミニジーコたちを受け取ってほしいね。お金は要らない。ただね、君たちの真心をほんの一滴だけ欲しい。おじさんがそれを保管しておいてあげる。ミニジーコだって万能じゃないからね。この世間の荒波の中で、その存在を忘れてしまうことだってあるだろう。というかね、残念ながらほとんどの子が、そういった道を辿らざるを得ないんだ。でも大丈夫。きっと今この瞬間の記憶がね、いつかよみがえってくるから。それがミニジーコを買う、ということの意味なのさ。さあ、受け取ってくれ。新鮮なジーコたちだ。そうそう。遠慮しないで。さあ・・・。ただ先生とかご両親に言っては駄目だよ。すぐに取り上げようとするだろうから。彼らにとっては〈ジーコ〉とはただのサッカー選手に過ぎないんだ。彼らの考え方はね、〈プロの選手にもなれないのに、ジーコを持ち続けるなんて! とんでもない! 早く勉強しなさい。そしていい会社に入るのよ〉ってな感じさ。でもね、夢を持ち続けることだけは誰にでもできる。馬鹿にする人は多いから、心の奥に秘めておいてね。自分自身がそれを大事にし続ける、ってことが一番重要なんだ。自分で自分を信じられなくなったらそれこそ辛いからね。でもそんなときにこそ、今日のこの瞬間の記憶は蘇ってくるはずだ。さあ、みんなでお祈りを捧げよう。そう、ミニジーコを持ってね。心を空っぽにして、最初に出てきた言葉をね、唱えるんだ。声に出さなくてもいいよ。でも心の中ではちゃんと唱えてね。それが君たちを支える基礎となるはずだから・・・。せえの!」



あれが22年前のことで、僕は今年32歳になる。今日この日まで「ジーコ商会」のおじさんのことなんかすっかり忘れてしまっていた。まさに彼が予言した通り、忙しい日々の中で——「世間の荒波」の中で——純粋な心持ちをすっかり忘れ去ってしまっていたのだ。しかし「何かが違う●●●●●」と思ったそのとき、例の記憶が蘇ってきたのだ。僕は一生懸命生きているのだと勘違いしていたのだ。大事なのは方向性なのに。見当違いの方向に進んで、自分はきちんと生きているのだと思い込んでいた。でも実際には・・・真の自分自身から離れてしまっていただけだった。



あと何年、と僕は思う。あと何年生きられるか本当に●●●分からないんだ。だとしたら・・・「今ここ」を本当に正直に生きてみるべきなんじゃないのか? それがこれからの人生、真に必要とされている行為なのではないか?



僕は自分の心の奥を見つめる。そこには空白のフィールドが広がっていて(長方形に区切られているのだが)、そこを一匹のミニジーコが走り回っている。巧みにドリブルしながら・・・。




そのときかつての同級生が電話をかけてくる。そいつもまた、あのとき、あの公園に一緒にいたのだ。結局反乱軍を組織することはなかったが・・・。



「もしもし」と彼は言っている。「ついさっきさ・・・」



「ジーコ商会のことだろ?」と僕は言う。「僕もちょうど思い出したところだったんだ」



「なんて祈ったか覚えているか?」



「ちょっと待って。今思い出す。ああ! あれか! そんなことを、当時から」



「俺もびっくりしたよ。あのときすでに未来を予言していたみたいでさ」



「うん。あるいは我々の人生は、実は事前に設計されているのかもしれないな」



「誰に、だと思う?」と彼は言う。「誰がそんなことを?」



「岡田監督、じゃないかな?」と私は言う。「ほら、頭良さそうだし。岡田武史監督」



「冗談だろ?」



「もちろん」



それは●●●・・・」(と同時に言う。でもそのタイミングで電話が切れてしまう。なぜか、だが)。



ジーコ商会だ」と僕は一人で空白に向かってつぶやく。僕の中のミニジーコが前に向かって力強くシュートを放つ。ボールの行方は・・・今から追いかけて確認してみます。ちょっとだけ待ってくださいね。ほら・・・あそこに・・・。



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