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祖父の日記(サバン島抑留)062蘭印最高指揮官の視察

一月二十二日 蘭印最高指揮官視察

絶対カロリー量の不足。
作業に従事するには何カロリーが必要であるか、キャンプ内の市川軍医中尉に訊ねて確信を得、オランダ側と交渉したが一向に埒があかなかった。不審に思い、良く調べて見ると通訳が過激とも思われる小生の追求態度が却ってオランダ側の感情を害して、逆効果を来すのではないかとの杞憂から、一人判断して勝手に、小生の意図を先方に伝えなかった事が後で判った。 
それならば止むを得ず非常手段を構じてやろうと食糧倉庫から食糧搬出の際、タピオカ粉、乾燥野菜を掠めて、キャンプ内全員の支給量の割増しをして何喰わぬ顔をしていた。
ところが倉庫に出入している係のオランダ軍曹が、我々に配給の食料をピンハネしている事実を知ったので、小生の行為がよし発覚しても彼と刺違え出来ると、たかをくくっていた。幸いなことに、 蘭印軍最高指揮官が今日キャンプ内の視察に際し、我々の給与が万国赤十字の定めた量より遙かに少ないことも知った。之は本日の食事定量が平常より数倍も増して呉れたことで何よりの証拠だ。 
特に日本人の主食である可き米の量が皆無状態であることと、献立の内容が毎日同じ乾燥ジャガ薯と乾燥野菜の繰返しであって見れば、小生は何んとか炊事係として処置すべきであると考え、非合法手段であるが、キャンプ外より各自が椰子の実の持込みを全員に協力方依頼し、又未熟パパイヤの持込みで副食の漬物を造ったりした。 そして幾分でも、食料の量的補充に依る満腹感をと留意した。 

雨降れと東の空は明るかり
       風になるらし此頃のひる 
まな部下の今宵も集ひいさぬけり
       我なすことを違ひなりとて 
話終へて立上るわがその袖を
       潮に溢れたる風の吹きぬく 

一月二十三日


豚肉調理の為、朝の一時半まで作業 

舟のりて川瀬を上る夢見たり
       野路菊想ひめざめし朝は  

一月二十四日


脱走せんとす。されど同行者揃わず不能と終る。 

荒海も凪る真海も同じかり
       海吹く風は今日も北なるに 

招きつつ呼びかけつなぐさめつ
       アチエの山は今日も立ちたり

締めはすべて涙となるものを
       諦め切れず今日も涙す 

わがものは見て捨てしと想ひしに
       義理と情のきずな切れざり
吐息して腕こまぬきて吐息して
       海の荒るるを日も見つめり 

火星高く仰向く程になりぬれば
       鉄橋の外すだく虫の音 

一月二十五日


脱走の機を睨ふ、心重苦し。
 
我心救へず我は悩みつつ
       地にうづくまり砂に文字描く 

もの想我にありけり何時かしら
       吐息する程物想ひけり 

諦めし命なりしに又しても
       黒くうごめく吾心かな 

斯かる日は心静かに野路菊へ
       祈るときこそ吾心なれ 

一月二十六日


ぜんざいを作る。

並ぶ人のそのこともの真似ていねたれど
       もの想う身の吾はねむれず 



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