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[ショートショート]図書館

いつからか笑う回数が減っていった。昔は活発で小学生の頃は誰とでも仲良くなるとどの担任の先生からも言われていた。親はその話を聞いとても喜んでくれていた。

「あなたはいい子だね」そう言われて育ってきたからそこから踏み外して落ちてしまうのが怖かった。親の期待に応えられなくなった瞬間に今の自分の立場は無くなってしまうと子供ながらに恐怖を感じていた。

家の中でいい子でいるためには、学校でもいい子でいなくてはいけなかった。学級委員をやって誰にでも声をかけてクラス全体を見ていた。席替えではクラスの問題児の面倒を見てほしいと担任に頼まれ、必ず近くに変な子がいた。

その子の面倒を見てあげつつ他の生徒とも仲良くして担任にも親にもいい顔をする毎日。外から見たら笑顔を絶やさない無垢で純粋な優しい子。

最初の頃は周りもそうやって受け入れてくれたが、いつからか「あの子は大人にいい顔する」「そのために私たちを利用している」そんな話が聞こえるようになった。

小学校高学年になったら自分は大人になったと思い込む女の子が増えてくる。自分の化けの皮は何年も積み重ねてきた物だからそう簡単には剥がれないと過信していた。この慢心が私の初めてのミスだった。

「誰とでも分け隔てなく接してくれて先生もとても助かっております。お母様もさぞご自慢のお子様でしょう。」もう3者面談の定型文で聞き飽きていた。それでも嬉しそうな顔をして母親をみる。

母親は私を見てくれたが、私を見てはいなかった。その視線はさっきの教師の言葉を追いかけて、心の中の優越感に浸っていた。初めて怒りが湧いてきた。

自分を道具としてしか見ていない母親ではなく、そんな母親の思いに気がつかないふりをして、必死に無邪気な子供を演じている自分に。

その後のことは覚えていないが、次の日から担任の先生は学校に来なくなった。母親は私のことが見えていないみたいに生活するようになり、学校で私に話しかけてくる子は一人もいなかった。

全部なくなった。全てがチリになってどこかへ吹き飛んでしまった。私が必死に積み上げてきたものは全て紛い物だった。人がホコリを払うみたいに意図も簡単に。

学校に居場所がなくなった私は図書館へ逃げ込んだ。そこ司書さんは平日にやってきた私を優しく受け入れてくれた。おそらく相当落ち込んでいて警察や学校への連絡の前に保護しなきゃと思ってくれたのかもしれない。

その司書さんは優しい人という言葉がピッタリ当てはまる聖人だった。私みたいな薄汚れた人間が関わっていい人じゃないと思い、足早に立ち去ろうとした。そんな私の手を司書さんは優しく握ってくれた。

「大丈夫。ここは静かな場所だから。」
そう言って私を資料室の方に連れていってくれた。
とても静かな場所で、時が止まっているみたいだった。

気がついたら私の両目から涙が溢れていた。自然に涙が出たのはいつ以来だろう。母親が喜ぶからと打算でしか泣いたことなかった自分が生まれて初めて自然と涙を流した。

泣き疲れた後私はぐっすり寝込んでしまったらしく、もう閉館時間を過ぎていた。幸いにもそこにいた司書さんが全員優しかったので起こさずそっとしておいてくれた。

その後お礼を言って家に帰る時自然と西の空を見上げた。綺麗な夕陽がそこにあった。最後に夕陽を見たのはいつだろうと考えていたら母親に呼び止められた。学校に行っていないと連絡が来て今まで必死に探していたと言われた。いつも綺麗に整えられている髪の毛はボサボサで、化粧っ気は全くなく服も所々泥で汚れていた。

どうせ自分のことなんて探していないと決め込んでいた自分には衝撃的な展開で、言葉を失った。警察にも捜索願を出していたみたいで、たくさんの大人が探してくれていたみたい。

心配したと抱き抱えられる自分の体の感覚とは別に、図書館に連絡は行かなかったのだろうかなんてことを考えてしまった。

家に帰って母親から怒られることを覚悟していたが、母親から出てくる言葉は謝罪だった。過度な期待で縛り付けてしまっていたことに対しての謝罪。涙を流しながら謝罪をする母親を見て私もまた泣きじゃくり最後は抱き合って寝てしまった。

それから母親もスッキリしたみたいで私の行動をとやかくいうことは無くなった。また図書館に行きたいといったら好きなだけ行けばいいと言われた。学校での様子を聞いてくることもなくなり、私は自由に図書館に通った。

学校には行かなくてもいいと母親に言われた。母親が学校の先生たちに掛け合ってくれたみたい。そうして図書館でたくさんの本を読んだ。たまに司書さんたちのお手伝いで本を整理したり破れたページを直したりして少しお仕事の真似事をさせてもらった。

ある時に、物語を書いてみたらと進められた。今までは読む側だった自分が物語を書く側に回るのは必然なのか時間の問題だったのか抵抗なく受け入れることができた。

描き始めたら今までよりも夢中になって気がついたら日が暮れているなんてことは日常になっていた。その間も母親は優しく見守ってくれていた。今までのイメージが完全になくなったわけではないけど、母親も努力しているのだと思い自分も頑張ろうと思えた。

そして完成した作品は司書さんたちの間で読み回されて、なんと印刷して図書館に置こうという結論になってしまった。自分の作品がそんなに多くの人に受け入れてもらえるなんて期待は全くなかった。

私の作品を置き始めて一月が経った頃、図書館の常連さんの一人が私の作品を持って何やら司書さんと話し込んでいた。私に気がついた司書さんの一人が手招きしてくれたのでその輪に入ることになった。

詳しい話を聞くと、その常連さんは私の作品を本として出版したいと言っているのだった。もちろんお金は自分が全て出すと言っている。

唐突すぎて私を騙そうとしているのかと疑ってしまったが私がお金を出す必要はないと言われているのでとりあえず信頼してみようと思った。それからは私の作品に軽い修正をして出版となった。

あまり期待をしていなかっただけにSNSで自分の作品が話題になった時には天と地がひっくり返ったのかと思った。階段を駆け降りて母親と目合わせてどちらとも首を傾げた。


あれからかなりの月日が経った。まさか自分が先生と呼ばれる日が来るなんて想像もしていなかった。あの時図書館で本に出会わなかったら私の人生はもっと荒んでいただろう。あの時の司書の皆さんはそれぞれの幸せを形にしている。

私は自分と同じ境遇にいる子供を救いたいと思いNPO法人を立ち上げた。そして本を読む場所と逃げ込める場所を各地に設置していてその運営も行なっている。自分の書いた本と募金で運営して今の所順調。

私は仕事場を選ばないため地方の施設にもよく顔を出している。そんな時にこの場所にたくさんの子どもたちがいることに悲しくなる。本当はもっと国が子育て家庭を支えなければいけないんじゃないかと痛感する。

ただ現実には被害を受けている子どもたちに落ち度はない。そんな子どもたちのチャンスを奪いたくない。権利や派閥なんてしょうもなさすぎる。

今日も子供達の元気な声を聞きながら本を書いている。
自然と溢れた笑みはとても美しかった。






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