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【短編小説】象牙の塔-episode3-
-episode3-雨音を聴きながら
雨が降っている。嵐ではなく静かな雨。
小さな雨粒が、窓の外に見える木々の葉やトタン屋根を鳴らす音が聞こえる。
彼は何をするでもなくコーヒーを片手に曇り空を見つめ、ただただ雨の音を聴いている。空模様とは反対に、彼の表情は穏やかに澄んでいた。
彼は大きな音が嫌いだ。車の音、賑やかな笑い声、皿の割れる音。
大きな音は心がざわつく。
彼がいつも聴いていたい
【短編小説】象牙の塔-episode2-
-episode2-旅
私は彼と旅をするのが好きだ。だから今日は旅の話をしようと思う。
旅といってもきっちりプランを立てて時間を決めて行くのではなく、気ままに、思い付くままに行きたいところへ行くのが良い。
だって私にとって時間なんてものは意味のないものなのだから。
それではこれから、時間を持て余した私がこれまでしてきた旅の話を、旅先での思い出話をただつらつらと語っていこう。
私たちはいつ
【短編小説】象牙の塔-episode1-
-episode1-関係
画家、つまりは表現者である彼は人と関わる事が苦手だった。
”人と関わる”ということは”自分を表現し、相手の表現を受け取る”ということだが、表現者である彼がそれを苦手とするのはなんとも皮肉なものだ。
だから彼は代わりに絵を描いた。絵に自分を表現した。
彼は美しいものを愛していたので、人を愛する事ができなかった。
語弊があるかもしれないが、”人を愛する事ができない”
【短編小説】象牙の塔-prologue-
今回の短編小説は、自分の好きな曲をモチーフに書きました。
sajou no hanaというアーティストさんの、”夢の中のぼくらは”という曲を元にこの小説を書いています。
(イラスト:Aさん)
-prologue-
私と彼は小さなアトリエで春を待っていた。
アトリエといってもここは彼の暮らす家で、いくつかある部屋のうちの小さな一室を彼は表現の場として使っている。
お世辞にも立派なアトリエと
【短編小説】雪女−episode4−
−episode4−永遠
よしのはやはり幽霊だった。生きてはいなかった。
自分の意思があり、意識があり、言葉を話し、微笑むよしのを”生きていない”と表現してしまうのは違和感しかないしどこか悲しい。
しかし、この世界において物体としての身体がなく、基本的には他者から認識されないというその状態を世間では”生きていない”、”死んでいる”と表現するのだ。
このルールに従って言うのであれば
僕も”
【短編小説】雪女−episode3−
−episode3−理屈と本心
線路脇の花束のことは気になっていたし、よしのが幽霊なのではないかという疑惑は日を追うごとに増していったが、その疑惑があるからこそ会話の中でそれについて触れることができずにいた。
傷つけてしまうかもしれないし、触れてしまえばもう彼女に会えなくなってしまうような気がしたからだ。
しかし、冷静になって考えてみればこれは僕の勝手な憶測であり、彼女の口から『私は幽霊だ』
【短編小説】雪女−episode2−
−episode2−花束
僕はまた眠ってしまっていた。目を開けると、やはりそこに彼女はいた。
『おはよう。今日も寒いね。』よしのは優しくそう言った。
歳は僕と一つしか変わらないというのによしのは落ち着いていて穏やかで、優しくて、けれども何処か寂しげだった。外見は”歳相応の可憐な少女”という感じだが、中身がやけに大人びているというか、悟っている印象だ。
男よりも女の方が精神年齢の成長が早いと
【短編小説】雪女−episode1−
−prologue1−雪女
『雪女みたいだ。』
目の前の彼女とその奥の窓から見える風景が合わさって、僕にこのようななんの捻りも無い感想を抱かせた。
この場合の『雪女みたいだ』というのはもちろん、恐ろしいといった意味合いではなく『美しく、儚く、繊細だ』という意味だ。
これまで僕が全ての季節を通して彼女を駅で見かけていたのであれば、きっと僕はこのような感想は抱かなかったと思う。
彼女はこの冬
【短編小説】雪女−prologue−
(イラスト:Aさん)
−prologue−
僕が駅のストーブの前で目を覚すと、正面のベンチにはいつも彼女が座っていた。
僕の名前はゆきお。タイトルが雪女だからと言って”雪男”と書いてゆきおではない。幸せな男と書いてゆきおだ。
まずは何故僕が駅のストーブの前で目を覚すところから始まったのかを説明しよう。
僕は市立高校に通う16歳。ごく普通の高校1年生だ。僕の家は市内ではなくもっと田舎の方に