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【短編小説】雪女−episode3−
−episode3−理屈と本心
線路脇の花束のことは気になっていたし、よしのが幽霊なのではないかという疑惑は日を追うごとに増していったが、その疑惑があるからこそ会話の中でそれについて触れることができずにいた。
傷つけてしまうかもしれないし、触れてしまえばもう彼女に会えなくなってしまうような気がしたからだ。
しかし、冷静になって考えてみればこれは僕の勝手な憶測であり、彼女の口から『私は幽霊だ』と聞いた訳ではない。そもそも僕に霊感などなく、生まれてこのかた幽霊というものを一度も見たことがなかったではないか。
自分にそう言い聞かせ、僕はある日花束についてよしのに聞いてみることを決意した。
『あのさ、よしの。線路の花束のことなんだけど…』
僕はそこで喋るのをやめてしまった。よしのが悲しそうな目をしたからだ。
『変な話してごめん。なんでもないよ。』僕は反射的に謝った。
ああ、これでもう明日から会えないかもしれないな。
しかし次の日も、それから先も彼女は変わらず現れた。最初の方こそまたなんと言って声をかけたらよいのかわからなかったが、そんな悩みは時間が解決してくれた。
気づけば以前のように会話をする日々。
夏が来て、秋が来て、また冬が来た。
彼女の奥に見える貧弱な窓は一年を通して日本の四季の美しさを切りとっている。
僕から見えている風景。窓の外の景色だけではなく静かに本を読むよしのを含め、4枚の絵にしたいと思ってしまう程にそれは美しかった。
よしのと駅で出会ってから一年が経とうとしているが、僕の心境には変化があった。結果がどうであれ、僕はよしのに気持ちを伝えることにしたのだ。
今は12月で、僕は二年生だ。つまり僕の高校生活はあと一年と少ししかない。
卒業後は東京の大学に通うつもりなので、そこからはもうよしのに会えないかもしれない。
今の時点で僕は『よしのは幽霊なのだ』と勝手に確信しているが、もうそんなことはどうでも良かった。
相変わらず僕たちは駅のストーブの前にいたのだが『外に出てみないか?』とよしのを誘ってみた。いつものように優しく微笑んでうなづいたよしのは読んでいた本をそっと閉じた。
外は雪で一面真っ白だったが今日は風もない。ただただ静かに降り積もる雪が辺りをより一層白く染め上げてゆく。
『よしの、今日は伝えたいことがあるんだ。あと一年と少しで僕は高校を卒業して、そしたら東京の大学に行こうと思ってる。』
そう伝えた後、よしのは泣き出しそうな顔をしているように見えた。
僕はこの後、気持ちを伝えるための言葉を用意していたのだが、気付けば何も言わずよしのを抱きしめていた。
よしのはもちろん驚いていたのだが、用意していた言葉も伝えることなくよしのを抱きしめていた自分に僕自身も驚いていた。
それと同時に僕は『ああ、そうか。理屈じゃないんだ。』そう思った。
よしのが幽霊だろうとなんだろうと僕はよしのの事が好きなのだ。
『好きだよ。』
言おうと思って用意していた言葉は他にもあったのだが、結果僕が口にしたのはこの一言だけだった。
『うれしい。ずっと待ってた。』
抱きしめてみると思っていたよりも小さかったよしのはとても小さな声で、それでも僕に聞こえるように少し背伸びをしながらそう言った。
同じ気持ちだった。
お互い同じ気持ちなのだから、生きているとか死んでいるとか関係なく、幸せなのだからそれでいいじゃないか。
僕はその後、ずっと前からよしのの事が好きだったこと、好きではあったが告白出来ずにいた理由をよしのに伝えた。
すると、よしのからは予想とは違った反応が返ってきた。
『ゆっきー、やっぱり気付いてなかったんだね。』
よしのが何を言っているのか、なぜまた悲しそうな顔をしているのか、僕には分からなかった。
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