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「私と占いの歴史」#1占いなんて信じてなかったころの話。

「かに座は母性本能」
かに子の私が「占い」と聞いて思い出せるのは、まずこのフレーズ。

幼いころ、「なかよし」「りぼん」を読み漁った世代。
もちろん、星占い的なものは必須だったことも覚えている。

この自分の中にあるもやもやして、それなのに絶対的に自分の中に存在する言葉にできない塊…。

これを「母性本能」って呼ぶのかもしれない。

となんとなく感じていたのは、間違いなく、この星占いに書いている「かに座は母性本能」という一文からだと思う。

かといって、「へえ」くらいのレベルで終わっていた。
それが私が幼いころの占いに対する思い出。

ところが、大学生のとき、さらっと、占いに触れることになった。
友達と「占ってもらおー」みたいなノリで、どこか占いの館みたいなところで、おばあちゃんの前に二人で座った。女子大生あるある。
もう、何を言われたのか、全然覚えていないんだけど、最後に言われたことだけを覚えている。

「あんたな、今私が話してること、全然信じてないやろ。このおばはん、何いうてるねん、って思ってるやろ。今はそれでいいねん。けどな、たまに人の意見も聞きや。・・・ってあのおばちゃん言うてたなって思い出してな。」

私「・・・」
あ、ばれた。そう、私占いなんて信じてないんです。
信じられるのは、己の力と運と努力だけです!という強め女子だったから。

おばちゃんは、私にそう言い放ったあと、隣に座っていた親友に、こう声をかけた。

「まあ、あんたはこの子(私)のあとをついていってたらいいわ。それで大丈夫や。」

そういわれた親友は、その後、しばらく「だって、あのおばちゃんが言うてたから」という理由で、とにかく私のことを頼りにしていた。もしかしたら、今も…なのか。

というわけで、若かりし頃の「強め女子」の私は、占いなんて信じてなくて、おばちゃんとの時間は、単なる「青春の思い出」的な扱いだったが、「たまには人の意見も聞きや」というあの一言だけが、ずっとずっと頭に残っていた。

こうして、私の深く深く、もう全然闇で見えない奥深く。
棚卸しでもしないと出てこないじゃん、ってくらい奥深く。
例えるなら、あと5mm残ったスティック糊とか短くなって持てない鉛筆とか、そういうものが混ざってそうな「捨ててもいいのに、念のため置いておくもの」みたいなタグのついた引き出しに、その言葉は片付けられた。

不思議だけど、捨てることはしなかったのだ。
なんだろう、今思っても不思議だ。

きっと、この先の遠いどこかで…私はこのおばちゃん(=占い)のことを思い出すんだろう、と思ったんだろう。

そして、それは長い年月を経て、その引き出しを開けるタイミングがやってきた。
こんなして「占いと再開」することになろうとは。
(つづく)


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