クィア・アイ見ながら、中秋の名月の夜に思うこと。
大好きな番組、クィア・アイを見ていたら、とんでもない言葉が入ってきた。何度も巻き戻して確認。
https://www.netflix.com/jp/title/80160037
「今までのつらい経験は、もう役には立たないから、別れを告げる」
はー、これは私の中で、結構根底が覆るような名言。
アラフィフになってから出会うとは、という考え方。
「つらい経験」ってのは、なんていうかこう、
・乗り越える!
・経験値が上がる!
・こういうことがあるから、強くなれる!
という風に、針を「超絶マイナス→力づくでプラスへ!」と振り切らせることで、自分のプラスに変えるという思考しかなかった。
絶対にこれをプラスに変えて見せる!役に立たせてこそ意味がある!
みたいなね。
それがそれが。
「役に立たないから」って…「別れを告げる」って…
はーーーーー、衝撃的。
これは決してショックとか、そういうことではなく、なるほど、こういう考え方で生きるってあるのか、と彼らから学んだ気がしたのだ。
先ほど書いたように、つらい経験を活かしてプラスに変えたとすれば、
その「プラスな考え」ともれなくセットで「つらい経験」がついてくる。
ってことは、一生、「つらい経験をした自分、乗り越えた自分」が付きまとう。どれほどプラスに考えたとしても、その根底が「つらい経験」にあるということが増えてしまう。自動的にセット。
ああ、なんだかしんどい。それって、しんどい。
つらい経験なんて、持って歩かなくても、その場で消化しちゃえばいいじゃない。そこにおいて、次にいけばいいじゃない。荷物軽めで。
みたいなことだろうか…(動揺)
ああ、荷物多めの自分に気が付いた。重い、重いよ。
「つらい経験」がたくさん入ったキャリーをもって進んできた人生。
「いつか役立つかもしれないから」ってギューギューに詰め込んで。
もちろん、プラスに転化したものだってある。
でも、またそれを「後生大事に」キャリーに詰め込んでる感ある。
そのキャリーの中身、なんか古くない?昭和感漂ってない?
本当にこの先、役に立つの?
時代も変わって、価値も変わって、自分も年取ったのに、パンパンの古いキャリーもって歩いてる自分って、どうよ。とちょっと恥ずかしくなった。
もうさ。軽くいこうよ。って言われたんだと思う。
つらいとか、苦しいとか、まあ、あったかもしれないけどさ。
そこに置いて来ればいいじゃん!
そんな懇切丁寧に仕分けして、整理して、綺麗に入れなくてもさ。
いらなくない?
キャリーに余裕作らないと、新しいもの入らないけど?って。
たぶん、そんな大切にギューっと持たなくても、ちょっとエアリーな感じで自分の一部になっている、くらいなのがカッコイイのだろう。
うーん、深い。深い中秋の名月。
(外に見に行ったら、雲で隠れてみえなかったけれど、ちゃんとパワーは受け取った。)
というわけで、衝撃を受けた後、この牡羊座満月からの一か月、タロットに聞いてみた。
おぉ、なんかやる気だな。新しいスタートって感じですね。勇気もらう。
ただ、勢いつきすぎて、小石に躓きそうにも見えたので、アドバイスも。
女子的な感情…涙、ヒステリーなどに惑わされないように、騙されないように…。
ああ、タロットって探偵でも雇ってるのか?私のこと、調べた?
ってくらい的確すぎて、怖い。ガクブルです。
今日は、なんだか感情がとても揺さぶられた一日でした。
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