ユニットエコノミクスについて。やさしいけど、本格的に理解できるやつ。


私は、Office365やSalesforceに代表されるような、ソフトウェアのサブスクリプションビジネスであるSaaS企業で、経営管理をしています。

今日はそんな中で学んだSaaSの経営指標のうち、顧客獲得投資の意思決定を担っている最重要概念「ユニットエコノミクス」について、
SaaS Metrics 2.0
SaaS事業の成長可能性を判断する、3つの指標 | 500 Startups Japan
なんかを参考にしながら一般論を解説しようと思います。

なぜユニットエコノミクスが重要なのか

サブスクリプション ビジネスは、まず顧客を獲得し、その後、長く顧客に使ってもらうことで、利益を得ます。

言い換えると、最初は先行投資をし、その後時間をかけて回収するので、顧客単体のP/Lで見ると最初はどうしても赤字で、そして顧客獲得を続けると一定期間まで赤字が続いてしまいます。(下図参照)

しかし、ちゃんと中長期儲かるならいまは赤字でも顧客獲得したほうがいい、という判断基準もありますよね。
すなわち、赤字 is Bad という価値観以外で、「中長期儲かる顧客獲得なんだ」という根拠を持って経営する必要があります。
その根拠となる経営指標が「ユニットエコノミクス」です。


そもそも、プロジェクト評価について

まず、ちょっとだけプロジェクト評価について解説させてください。このあと解説するSaaSの経営指標「ユニットエコノミクス」は「1顧客を獲得しそこから収益を上げるプロジェクト」の評価と言えるからです。

よく使われるプロジェクト評価には、①NPV/IRR法 ②回収期間法 ③ROI法 があります。

①NPV/IRR法は、プロジェクトで発生するキャッシュフロー(収入や支出)について、合計してそれが一定額/利回り以上であれば、良いプロジェクトだ、というものです。このとき、将来の収支については適切なロジックで割り引くので、Net Present Value=正味現在価値法と呼ばれています。
(100年後にもらう1万円と、いまもらえる1万円だったらいまもらえるほうが良いよね、という話です。)

②回収期間法は、その名の通り、投資がどれだけの期間で回収できるかで、プロジェクト評価をする方法です。

③ROI法は、Return on Investment の略で、1円分の投資が何円になって返ってくるかの比率で、例えば100万円投資して300万円返ってくる投資があると、それはROI+200%(300万÷100万-1)の投資となります。

理想的には①NPV/IRR法を使うことがプロジェクト評価には良いのですが「適切なロジックで将来のキャッシュフローを割り引く」の設定のブレや、中長期のキャッシュフロー予測の難しさ、面倒くささから、実は実務的に活用できるケースは少ないです。

一方の②③は計算が比較的簡単で、実務的に使われるケースも多いです。ただし、②の回収期間法は元手が返ってくることはわかりますが「どれだけ儲かるか」が不明ですし、③のROI法は逆にいつになったらお金が入ってくるかの情報が欠けています。

そのなかSaaSの経営指標も実は②③です。この背景を踏まえてここからの解説をご覧ください。

SaaSの用語(KPI)解説

さて、ユニットエコノミクスとは「1顧客を獲得しそこから収益を上げるプロジェクト」の評価だと言いました。
では、具体的にどんな指標を使っているのでしょうか?
おおきく、#1 LTV/CAC比率 #2 回収期間(Payback Period)なのですが、そのまえにちょっと用語の解説をさせてください。

① ARPPU [円/課金ID・月]
課金ユーザーの月の課金額です。
経常的な収入(Recurring Revenue)のみとすることも。
なお、事業評価に当たり、ここを売上ベースにするかキャッシュフローベースにするかという議論はちょっとあります。売上ベースにするときは年課金をちゃんと均してください。

② Recurring Costs (Recurring Profit Margin) [円/課金ID・月]
課金ユーザーの維持に必要な費用を、課金ユーザーで割ったもの。
KPIとしては「ARPPU - Recurring Costs」で計算される「Recurring Profit Margin」やその割合が使われます。いわゆる「原価」「粗利」「粗利率」に相当する指標です。

③ CAC(別名CPA) [円/課金ID]
1顧客の獲得に必要なコストです。
営業コストや広宣費など、いわゆるS&M(Sales & Marketing)コストが分子で、相当する期間の新規獲得課金IDが分母です。

④ Churn Rate [%]
先月の課金ID数/経常売上が、コホート的に(*)今月どのくらい減ったか、という指標です。
経常売上ベースのものをMRR Churn Rateと呼び、その値が負になっている状態をNegative Churn と呼んで、SaaS界隈ではこの状態を目標にします。(Churn Rateはすくなければ少ないほど良い。Negative Churnは、顧客の離脱が少なく、同時にアップ/クロスセルもできている状態)
* コホート的=前月の課金IDについて集計する。前月課金IDがどう変化したかを知りたいので

⑤ LTV [円/課金ID]
図にはありませんが、①②④を総合すると「顧客が獲得後にいくら売上/限界利益に貢献してくれるか」=「Life Time Value」が計算できます。

ユニットエコノミクスの解説 (満を持して!)

英語のよくわかんない指標たくさん出してごめんなさい。よくここまでよんでいただきました。そろそろ、点と点をつなげます。

ユニットエコノミクスとは「1顧客を獲得しそこから収益を上げるプロジェクト」の評価で、おおきく、#1 LTV/CAC比率 #2 回収期間(Payback Period)だというのはお伝えした通りです。

#1 LTV/CAC比率

これは、プロジェクト評価の

③ROI法は、Return on Investment の略で、1円分の投資が何円になって返ってくるかの比率で、例えば100万円投資して300万円返ってくる投資があると、それはROI+200%(300万÷100万-1)の投資となります。

に相当する指標です。

LTV/CAC比率はその名の通り、「LTV÷CAC」で計算される指標で、一般的に3以上だとよいと言われています。
なんで3以上?という質問に対しては、いつも海外のイケてるSaas企業が3以上であったり、また固定費など加味すると十分に利潤が取れる水準が3以上であろうからだ、と答えています。

LTVはすなわち顧客の生涯の売上(Return)で、CACは顧客獲得コスト(Investment)というわけでROI的指標であり、ROI同様の弱点として「期間の概念がなく、100年後の売上があったとしても織り込んじゃう問題があります。
また、(本質的には同問題なのですが)LTVはChurn RateがNegativeに近いと計算ができなくなってしまう(発散する)という問題があったりもします。

(ここから先はオタクトークです)
実は、プロジェクト評価①DCF法を併せて活用することで、理論上はこれデメリットをなくせるのですが、今度は将来のARPPU改善の蓋然性や、将来キャッシュの割引率の設定によるブレが大きく(=DCF法の弱点が出てしまい)、実用例はあまりないようです。
ただ、「理論上は」DCF法な評価が理想的と考えます。

#2 回収期間(Payback Period)

「ここ!」のところ(=累積損失が解消されるところ)を回収期間といい(プロジェクトの②と同じです)、この回収期間が短い is Good という評価法で、一般には12ヶ月以内だと優秀だと言われています。

丁寧に計算すると、上記図のようなモデルをつくり、

MRR Churn Rate によって予測された、各月のRecurring Profit + CACの累積が、0を超えたタイミング

となりますが、簡単のためにちゃんと意味を理解しながら、
「CAC ÷ Recurring Profit」や、
「CAC ÷ ARPPU」という計算でもいいかなと思います。

というのも、Recurring Costの算出が実務的にめんどくさいので…
(何がRecurring Costの対象?カスタマーサクセスは?按分するなら何%?)

おわりに

Saasビジネスに限らず、ユニットエコノミクスはとても便利な概念です。

たとえば、飲食店だったとしても、「常連さんを作る」行為はChurnRateを下げるLTV改善ですし、「トッピングがデフォルトのラーメン屋」はARPPUを上げてLTV改善しにいっているわけです。
そうやってLTVが上がると、LTV/CAC>3で回収期間12ヶ月を維持しながら顧客獲得にコストを割ける(クーポン配る、雑誌に載せてもらう)ようになり、事業は拡大します。

そういった意味では、計算することよりも、LTVやCAC、回収期間の概念をきっちり頭の中で整理できている状態こそが、大事なのかもしれません。

なお、SaaSの経営指標には、バリュエーションの変数として活用されているMRR Growth Rateや、AMRRといったものもあります。
本稿では割愛していますが、もうちょっと勉強してまた書こうと思います。