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原書のすゝめ:#7 Harry Potter and the Philosopher’s Stone

読書は、想像力を掻き立てるものである。
とはいえ、大人の想像力に限界を感じることもありはしないだろうか。

世界で爆発的な人気を博したハリーポッター。
児童書にととまらず、大人をも虜にした魔法の書物である。

邦訳で読む場合には、おそらく何の障害もなくファンタジー感を存分に満喫できると思われる。
ところが、原書で読むとなると、これが案外手ごわくなるのである。

例えば次の文。


He (=Albus Dumbledore) had found what he was looking for in his inside pocket. It seemed to be a silver cigarette lighter. He flicked it open, held it up in the air and clicked it. The nearest street lamp went out with a little pop. He clicked it again ー the next lamp flickered into darkness. Twelve times he clicked the Put-Outer, until the only lights left in the whole street were two tiny pinpricks in the distance, which were the eyes of the cat watching him.



ダンブルドアが銀のライターをカチカチとすると街灯が消える場面である。ダンブルドアが魔法使いだということが常識となった今では、それほど難しくもない場面かもしれない。しかし、この本を何の予備知識もなく初めて読む場合だとしたらどうだろう。ライターは、火をつける道具である。ところが、ここでは街灯を消すための「火消ライター」として、本来の機能が逆転してしまっているのだ。英文を読み違えたのはないかと訝る人もいるかもしれない。

あるいは、次の文章。
ダーズリー氏が小柄な老人にぶつかったことを詫びたすぐあとの場面である。


It was a few seconds before Mr Dursley realised that the man was wearing a violet cloak. He didn't seem at all upset at being almost knocked to the ground. On the contrary, hid face split into a wide smile and he said in a squeaky voice that made passers-by stare : 'Don't be sorry, my dear sir, for nothing could upset me today! Rejoice, for You-Know-Who has gone at last! Even Muggles like yourself should be celebrating, this happy, happy day!'



ハリポタファンにはお馴染みのYou-Know-Who(例のあの人)とMuggle(マグル)が登場する。You-Know-Whoは辞書を引けば意味は分かるが、Muggleについては作者の造語なので、当然辞書には掲載されていない。Muggleの由来は、mug(イギリス英語のスラングでマヌケ、カモ)からきているらしいので、ネイティブであればなんとなく蔑称のような言葉だとすぐに察しが付くかもしれない。だが、イギリス英語に慣れていない人だとこういうちょっとした小石にも躓いてしまうことがある。

作者の造語は読み進めていくうちにだんだんわかってくるが、初めて洋書を読む方にとっては案外ハードルが高いかもしれない。ただし、もしハリポタファンであれば、最初の洋書として手に取ってみてもいいと思う。というのも、すでに映画で作品の大まかなイメージを掴んでいるはずだからである。


私が原書を読んだのは、かれこれ10年以上前のことなので詳細は覚えていないのだが、映画のイメージとほとんど変わらなかったと思う。私も本より先に友人が貸してくれたDVDで映像を見ていた口だから、ストーリーにも作者の造語にもわりとすんなり入っていけた。

とはいえ、くだんの”ハグリット弁”にはなかなか苦労した記憶がある。慣れない単語のオンパレードで、言葉のニュアンスもネイティブではないから感覚的につかめない。

ハグリッドの話し方はこんな具合である。

’ Yeh don' know what yeh are?'

これは短い文章なので、You don't know what you are? だとすぐにわかるかもしれない。しかし、長くなるとこれが結構きついのだ。

* * *

' A wizard, o' course,' said Hagrid, sitting back down on the sofa, which groaned and sank even lower, 'an' a thumpin' good'un, I'd say, once yeh've been trained up a bit. With a mum an' dad like yours, what else would yeh be ? An' I reckon it's abou' time yeh read yer letter.'

* * *

「魔法使いに決まってらぁ」という感じなのだろうか。正確な発音もよくわからない。こういう場合に少し助けになってくれるのが、audiobookである。幸いにも私の友人にはハリポタファンが何人かいて、そのうちの1人がスティーブン・フライが朗読するaudiobookのCDをくれた。


この朗読が非常に上手い。インターネットで検索してもスティーブン・フライの朗読は定評があるようだ。ネイティブならば朗読が上手いのは当然だろうと思っていたら、ケイト・ウィンスレットが朗読するロアルド・ダールの『マチルダ』を聞いたとき、自分の考えが間違っていたことに気づいた。

日本語でも同じことがいえると思うが、朗読はただ読めばよいというものではない。以前、NHKのラジオで『朗読の時間』という番組が放送されていたことがある。アナウンサーや俳優が名作を朗読するという番組だったのだが、朗読のあまりのうまさに本の中へぐいぐいと引き込まれていったのを覚えている。読む速度だけではなく、抑揚や発音の仕方など、朗読の「技」は「演技」とは別物だということを初めて知ったのだった。


ハリー・ポッターシリーズの原書は、ご本家のUK版と大西洋の向こう側に渡ったUS版がある。イギリス英語はアメリカ英語へと修正されているらしいが、私はUS版を読んでいないのでここでは比較はできない。しかし、実は両者はタイトルですら異なっているのである。本書はアメリカ版では『Harry Potter and Sorcerer's Stone(魔術師の石)』(オリジナルのイギリス版は『Harry Potter and Philosopher's Stone(賢者の石)』)と変更されている。これは単なる単語の違いに止まらず、文化的背景の違いにも要因があるのではないかと思われる。興味深い点である。

ちなみに、私が持っているのは全巻Bloomsbury社(UK版)である。やはりイギリスの作品はイギリス英語で楽しみたい。

最近は、本の媒体も紙だけではなく電子ブックやオーディオブックなどに拡大している。個人的には紙の本が一番好きなのだが、Kindleは1つ持っていれば移動図書館を手にしたのも同然で、どこにいてもいろいろな本が読めるうえ、辞書機能もついているので辞書を持ち運ぶ必要がないというメリットもある。古典作品であればほぼ無料で手に入るし、原書の多読を試みたい方には便利な「本」だといえるだろう。

ただし、私のように人名を覚えるのが苦手な人にとっては不便な面もある。

登場人物が多くなると、しだいにどこの誰だかわからなくなり、初出の場面を探すのも It's like looking for a needle in a haysack 「至難の業」だからである。


<原書のすゝめ>シリーズ(7)

※ご参考までにStephen Fry の Audiobook を!

※そして、記事執筆中に非常に参考になるLogophileさんの記事と出会いました!本当にわかりやすい解説です。リンクの動画もわかりやすいです。



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