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【創作童話】こぞうと将軍 〈其ノ三〉

<前回までの大雑把なあらすじ>
城の本草所から新薬の調合書が何者かに盗まれた。将軍の機転で容疑者は捕まったものの、その後脱獄。重要参考人の行方もわからず、新薬の原料となる小黄も盗まれてしまった。

<前回までの大雑把な登場人物>
将軍:城の主
こぞう:村人。園芸所兼本草所の所長
意地悪灰汁太郎:本草所の研究役頭
八百長右衛門:萬屋心身堂の店主

* * *


城に、若くて賢い将軍がおりました。

村には、若くて花好きのこぞうがおりました。
そして、庭には二羽、鶏がおりました。

その鶏はどこからともなくやってきて、こぞうの庭に棲みつきましたが、しばらくしてどこからともなくやってきた犬に追われてどこかへ行ってしまいました。
こぞうは、しっぽをくるりと巻いたその犬に「武蔵丸」という名前をつけました。


さて、三月のある朝のこと、こぞうが朝餉の支度をしていると、戸を開けて入ってきた者がおりました。

「あら、こぞうさん、草粥を炊いているの?」
茶屋のお花はそう言うと、笹の葉に包んだぼた餅を差し出しました。
「お彼岸だから、今日のお店のお茶うけにしようと思って作ったの。こぞうさんにおすそ分けを持ってきたわ」
「これは、これは、おいしそうなぼた餅だ。さっそくお茶を入れよう。お花ちゃんも一緒に食べていくかい?」
「でも、草粥があるのじゃない?」
「なに、構やしない。これは『薬食同源』というものを試してみようと思って作ってみたのだよ」
「薬食同源?」
「そう。古くから中国に伝わる思想で、『黄帝内経こうていだいけい*』という医学書に健康は食にあり、故に食は薬であるというような話があるのだそうだ」
「つまり、食べ物が薬になるということ?」
「そのとおり」

こぞうはそう言うと、沸いた湯を注いでお茶を入れました。
「こぞうさん、この間のこと、まだ気にしているのね」
「うん」
灰汁太郎あくたろうさんも薬屋の長右衛門さんもまだ見つからないの?」
「うん」

二人は、ぼた餅をほおばりながらしばらく黙っていました。
そのとき、表の戸を開けてまた誰かが入ってきました。
「やあ、こぞうはいるかい?」

やってきたのは、市中見廻役しちゅうみまわりやくの善次郎でした。
「おや、ぼた餅かい?」
「よかったら善次郎さまもおひとつ」
「これはかたじけない。では遠慮なく」

善次郎はぼた餅をひとつ取ると、口にほおばりました。
「ところで、善次郎さま、こんなに朝早くからどうされたのですか?」
こぞうが尋ねると、
「おお、そうであった。実は将軍さまが風邪を召されてな。なんぞ熱を下げる薬を処方してほしいと言づかってきたのだ」
「そうでしたか。あいにく今は薬を切らしておりますので、すぐに村の外れの林に行って薬草を採って参りましょう」
「朝からすまぬな」
「どうかお気になさらず。のちほど城へ持って参りますゆえ」
「うむ。頼んだぞ」

善次郎が出ていくと、
「私も帰るわね、こぞうさん。お店の準備をしなきゃならないの」
「うん。ありがとう、お花ちゃん」
「帰りにお店に寄ってくれない? ぼた餅を渡すわ。さっき私たちが食べてしまったから」
「悪いね」
「それじゃあ」

こぞうは、草粥を少し掬って口に含むと、
「薬食同源とは、なんとも口に苦いものだな」
と、先ほどの甘いぼた餅を思い出しながら苦笑しました。


さて、熱冷ましの薬草を探しに村の外れまでやってきたこぞうは、まだ肌寒い朝の空気の中、鳥の囀りに春の訪れを聴いておりました。

するとそのとき、馬の蹄の音がしたかと思うと馬上から、
「貴様がこぞうか?」
という、ひしゃげた声が聞こえました。
こぞうが顔を上げると、岩のような面構えの大男が上から見下ろしておりました。
「へえ。いかにも」
こぞうがそう答えると、岩男は、
「これを引っ捕えよ!」
と、連れの男たちに命じました。

こぞうはあれよあれよという間に縄で縛られ、馬の背に乗せられたまま男たちと共にどこかへ連れ去られてしまいました。


ひるを少し過ぎた頃、太郎たちが茶屋を訪れると、
「太郎さん、こぞうさんを見なかった?」
と、盆にのせたお茶とぼた餅を出しながらお花が尋ねました。
「朝方薬草を摘みに行ったまま帰ってこないのよ。帰りにぼた餅をあげると約束していたのに」
「なに、大丈夫さ。こぞうのことだから、また新種の草でも見つけて夢中になってるんだろうよ」
「そうねえ」

お花は小さなため息を少しついて、村の外れの方に目をやりました。
そのときです。
遠くから犬が一匹、大きな声で吠えながら猛烈な勢いで走ってくるのが見えました。

「あら。あれはこぞうさんの所の武蔵丸だわ!」

茶屋の表まで走ってきた武蔵丸は険しい顔でしきりに吠えております。

「うるさい犬だな。あっちへ行ってろ!」
と、太郎たちが追い払おうとしましたが、武蔵丸は仁王のように踏ん張って動こうとしません。
「ねえ、やっぱりこぞうさんに何かあったのだわ」
お花は心配そうな顔になりました。
それを見た太郎は、
「仕方のないやつだ。ちょっとワシらで見てくるか」
そう言って腰を上げ、次郎たちをうながしました。
「ありがとう、太郎さん」
「なに、いいってことよ」
太郎は軽く手を振ると、先を駆けていく武蔵丸のあとを追いはじめました。


一方、城では将軍が熱にうなされておりました。
「どうした、こぞうはまだ来ぬのか?」
「はい。今朝早く善次郎がこぞうの所へ頼みに行ったはずなのですが。少々様子を見て参りましょう」


「どうしたのだろう。たしかに伝えたのだが」
城内見廻役じょうないみまわりやくの誠之介から話を聞いた善次郎は首をかしげました。
「先日の灰汁太郎の脱獄の件もあるし、なんだか嫌な予感がする。もう一度こぞうの家を訪ねてみることにしよう」
そう言って善次郎は、こぞうのいる村へ出かけて行きました。

ところが、こぞうの家はしんと静まり返っております。
「たれかおらぬか?」
呼びかけても返事はありません。
「はて? こぞうばかりか武蔵丸までおらぬとは」

そこで今度は、村の茶屋を訪ねました。
「こぞうはどこにおるのだ?」
「あら、善次郎さま。それがまだ薬草摘みから戻ってこないのです。つい今しがた武蔵丸が血相を変えて駆け込んで参りましたので、太郎さんたちが探しに出かけたのですよ」

善次郎は、なにやら胸騒ぎがしました。
そこへ、
「おーい、大変だ!」
と、村の外れから武蔵丸を先頭にして太郎たちが大慌てで駆けてきました。
「いったい何事だ?」
すっかり息を切らしていた太郎はひと言、
「こ、これを」
と、紙切れを一枚差し出しました。
「これは!」

それは、こぞうの人相書きでした。
よく見ると、Wanted、いえ「尋ね人」という文字に添えて賞金銀一両と書いてあります。人相書きの手配元は、どうやら隣府の役人のようです。

「どういうことだ?」
善次郎は首をかしげました。
「つまり何者かが村の外れでこぞうを見つけて連れ去ったということか?」
そして、状況から見てこれは誘拐であると判断しました。

「でも、いったいどうして? そもそも賞金ってどういうことなのかしら?」
「うーむ。こぞうの首に賞金をかけるということは、おそらくまつりごとではなく知的財産に関わるものであろう」
「つまり、こぞうの知識を狙った企みということでしょうか?」
次郎が善次郎の顔を覗きました。
「おそらく」
「だとすると、先日のお城での事件が関係があるのかもしれません」
「まあ、大変!こぞうさんは大丈夫かしら?」
お花の顔はすっかり青くなっています。
それを見た善次郎は、
「こぞうの知識が狙いならば命に関わることはないであろう、当面は」
「当面ですって? それは、つまり…」
「こぞうが用済みになれば…」
「ああ、なんて事かしら!」
お花はしくしく泣きはじめました。

「心配するな、お花ちゃん。ワシらがこぞうを助けに行くよ」
太郎はお花を元気づけようと力強く言いました。
「私は急ぎ将軍さまへ事の次第を伝えよう。隣の府が絡むとなれば、不用意に城の者を動かすわけにはゆかぬ。ひとまずおぬしたちで様子を探ってきてほしい」
太郎たちは揃って頷きました。


こうして、太郎は次郎と三郎を連れてこぞうを探しに出かけることになりました。
「待って、太郎さん。これを」
茶屋の奥からお花が風呂敷に包んだおむすびと水筒を持ってきました。
「ありがとう、お花ちゃん」
「はい、これは武蔵丸の分よ」
と言って、小さな包みを武蔵丸の首に結えました。武蔵丸は尻尾を振ってお花の周りをくるりと回ると、一声吠えて元気に駆け出しました。
それを見た三人は、慌てて武蔵丸のあとを追いかけました。
「気をつけてね!」
お花は皆の姿が見えなくなるまで見送りました。


さて、気がつくとこぞうは頑丈な牢に入れられておりました。こぞうには何が何やらさっぱりわかりません。
すると、牢の外から足音がしてきました。


「お前がこぞうか?」

見ると、裃姿の立派な様子の人物が立っております。そして、その隣には見知らぬ男が二人と、あの意地悪いけず灰汁太郎が並んでおりました。
「あ、灰汁太郎じゃないか!こんなところで何をしているのだ?」
「こんな所とは、随分な物言いだな」
立派な様子の人物は、こぞうの姿を上から下まで舐めるように見回したあと、
「よいか、明日までに薬の調合を吐かせるのだ。わかったな?」
と言ってくるりと向き直ると、供の男を一人連れて立ち去っていきました。
「はは!かしこまりました」
残ったもう一人の男と灰汁太郎は、深々とあたまを下げました。


その頃、将軍の城ではこぞう誘拐の話で大騒ぎになっておりました。
「さて、これを将軍さまのお耳に入れたものか…」
と思案顔に首をかしげる老中たちに、同じく老中の寝耳水野只邦ねみみにみずのただくに*がこう言いました。

「いやいや、お耳に入れるまでもなかろう、熱がおありなのだ。どうかここは一つ、私に任せていただきましょう。少々当てがありますゆえ」
「なんですと?」
「隣の府内の役人に伝手がありますので、探らせてみましょう」
「おお!それは助かる!さすが寝耳水野様じゃ」
老中たちは安堵して、その日の老中会議は散会となりました。


ところで、病に臥せった将軍の寝屋にこっそり忍び寄った者がおりました。将軍はかすかな音を聞きつけ、思わず身を起こしました。


「五右衛門か?」
枕元に、男が一人、片膝をついておりました。



<作者註>
*『黄帝内経』:前漢時代に編纂された中国最古の医学書。日本における「医食同源」は本書の「薬食同源」の思想に基づくものと言われています。
*寝耳水野只邦:水野忠邦とは関係ございません。


ー つづく ー


* * *


はて?
そもそも、一体全体どうして続編を書いてしまったのか。もはや何の記憶も残っておりませんが、どなたかこぞうたちを覚えてくださっている方がおられるでしょうか?

さて、前回夜逃げした八百長右衛門と脱獄した意地悪灰汁太郎、そして夜中に盗まれた小黄。その後どうなったのか。おそらくもうどなたの口上にも上らなくなっているであろう今、続きを書く必要があるのかないのかわかりませんが、歯切れの悪い最終回で終わったドラマのように後味が悪いままでは来年の干支には乗れぬと、鬼の形相(?)で書きあげました。


♪ 坊や〜よい子だ ねんねしな ♪
この台詞、案外ジョジョでもイケるんじゃ?


今回はいよいよ完結編です。
次回の更新は、12/10(日)の予定です。


※このお話が埋まっている小さな沼はこちら↓


※珠玉のお話が埋まっている大きな泉はこちら↓


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