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原書のすゝめ:#15 Still More Two Minutes Mysteries

早起きは三文の徳。

分かってはいるが、昔から朝は苦手である。
とくに冬場は、太陽すら寝ぼけ眼の時刻にカタツムリよろしく、布団を背負いながらズルズルと寝床から這い出るのが辛い。願わくば、冬眠中の熊になりたい。

夏至を迎える頃には、こんな私でもカーテン越しに差し込む朝の光の中で、ゆっくりと優雅に羽化する蝶のレベルぐらいには目覚めもよくなる。

だいたい早朝にして既に南中高度は高く、気温も上昇しているから、三文の徳があろうとなかろうと、夏の間は早く起きるに限る。

とはいえ、やはり朝は弱いので、ラジオ体操が始まる時間になんとか間に合うのが関の山である。したがって、夏休みの自由研究に朝顔の観察などをテーマにしようものなら、えらいことになる。

朝顔の朝は、早い。
私が目覚める時間には、すでに十分咲きに開ききっている。それなのに私ときたら、起き抜けにラジオ体操に駆け込んでマリオネットもどきに体を動かし、朝食(ヘタをすると洗顔も含まれる)を終える頃に、割れた風船のように蔓から垂れ下がり、もはや生前の色も分からないほどの死に顔を呈している朝顔を見つけるばかりだった。萎んだ花殻を数えるだけの観察日記など、三日も続ければ十分である。さすがに三日坊主では格好がつかないから、あとの四日は改竄記録を付け足して、一週間の観察日記を創作した。おかげで、朝顔を描くのが上手くなった。

朝がダメなら夜ではどうか、ということで今度は理科の授業で習いたての天文観察に挑んでみた。

星を眺めるのは、小さい頃から大好きだった。
大小の星がキラキラと夏の夜空を飾る光景は、はるか彼方に宇宙の存在を思わせ、子どもながらにロマンを感じたものである。

さて、どの星座を観察しようかと期待に胸を膨らませて空を見渡してみたが、図鑑で見たような星座を結ぶ線は天球上に、ない。

南の空は、ほぼ左右の半分近くが山の端で黒く塗りつぶされており、ようやく見つけた蠍座は尾の部分が欠けていた。そこで、振り返って北の空を見ると、天球のヘソのように一点に固定された星を見つけた。北極星である。そこから、視線を少しずらすと、図鑑と同じ柄杓型をした北斗七星が見つかった。これで自由研究のテーマは決まった。

夜8時、私は観察日記を手にいそいそと庭へ出て北斗七星を観察した。1時間後、再び外へ出て空を見上げると、星はわずかに位置を変えていた。私は嬉しくなって、さらに1時間後、星座の位置を確認するために庭へ出た。

星はさらに動いていた。

地球は24時間で360度回転するから、1時間あたり15度、星は反時計回りに回転する。

北の空はまさに大時計である。

ところが、ここで問題が発生した。観察から2時間経ったところで就寝時間のゴングが鳴り、天体観測は時間切れとなったのだ。小学生の夜は短い。

そして、さらなる問題が発生した。一週間観察を続けてみたものの、観察日記の星座は毎日同じ軌道をただ振りこのように往復しているだけなのだ。これはパラパラ漫画か? 私は観察日記を見ながら考えた。今日も明日も明後日も、夏の間は同じ軌道を描くだろう。もう観察などしなくてもソラで描ける。

すっかりつまらなくなって、観察記録を放り出した。そうして、ただ夏の星たちを静かに眺めた。

先生は、そんな私の自由研究に「よくできました」スタンプをくれた。いくら小学生でも自分の出来栄えの良し悪しぐらいはわかる。私は先生に余計な気遣いをさせたことで、二重の罪を犯した気がした。こんなことなら提出しなければよかったと思わず後悔した。

北の空に北斗七星を見つけるたびに、時計の針が逆戻りして、この懐かしい思い出を連れてくる。


さて、今回は、その名も『北斗七星殺人事件』というショートショートミステリである。

この作品は『Two Minutes Mysteries』シリーズの3作目、『Still More Two Minutes Mysteries』という本に収録されている。タイトルどおり2分ほどで読める短篇ミステリ集であるが、どの話も自分で謎解きをする仕組みになっている。もちろん答えは先のページに書いてあるのだが、クロスワードパズルのように気軽に謎解きを楽しめるのがよい。

北斗七星(おおぐま座の一部)のことを北米ではthe Big Dipper 、イギリスではthe Plough というのだそうだ。ちなみに作者のDonald J. Sobolは1924年ニューヨークに生まれ、人生の大半をフロリダで過ごした作家である。

(スマホで読んでいただくには少々文章が長くなりますが、以下全文をご紹介します。)


The case of the Big Dipper

“Curtis Brown was shot to death between ten and eleven o’clock last night,” Inspector Winters told Dr. Haledjian.
“The body was found at midnight in the kitchen of his home by his mother. She telephoned headquarters at once.
“Brown was a wealthy bachelor. His estate will be divided evenly between his mother and Tim Brown, a nephew. That automatically makes Tim suspect number one.”
“Has he an alibi?” Inquired Haledjian. “He claims he never left the roof on his house from nine last night till four this morning,” replied the inspector. “Tim’s recently became a camera fiend. He says he spent the night photographing the stars.”
 The inspector handed Haledjian a folder thick with large photographs of the heavens.
“Tim says he was talking these pictures at the time of the murder,” the inspector went on. “His house is a two-hour drive from his uncle’s.”
 The inspector tapped a photograph marked “one-hour exposure.”
  “He insists he took this picture between nine-thirty and ten-thirty last night.”
 Haledjian studied the photograph — a beautifully clear shot of the Big Dipper.
 The inspector said, “If Tim really clicked his lens on at nine-thirty and off ten-thirty, he couldn’t have traveled two hours and killed his uncle between ten and eleven.”
 “I’m not an astrologist,” replied Haledjian. “But from reading the stars in this photograph, I predict a cloudy future for Mr. Tim Brown!”


<あらすじ>
深夜にカーティス・ブラウンが自宅のキッチンで銃殺されているのを母親が発見した。ブラウン氏は裕福な独身男性で、遺産の受取人は母親と甥のティム・ブラウン。当然ティムが第一容疑者に挙がった。ところが、殺害時刻と推定される22時から23時までの間、ティムは自宅の屋根の上で天体写真を撮影していたという。ウィンター警部が彼のアリバイを裏付ける写真をハレジアン博士に手渡したのだが、確かにそこにはくっきりと北斗七星の姿が撮影されていた。

<あらすじを書いてはみたが、必要ない気も…>


ハレジアン博士によると、甥のティム・ブラウンの未来には暗雲が立ち込めているということだ。しかしながら、ティムには殺害時刻にアリバイがあるし、証拠写真もある。

果たして、犯人は本当にティムなのか?
そして、なぜ博士にはそれが分かったのか?

ミステリ慣れした読者にはさほど難しい謎解きではないかもしれないが、こうしたショートショートミステリが70編ほど収録されている。

なかには、ちょっぴり手強い作品もあるのだが、このシリーズに限らず、概して面白いミステリほど雑学の宝庫である(と思っている)。


学校で習った諸々の知識を、本や映画などの中に見つけると、なんだかワクワクする。

好奇心がある限り、学びというのは案外日常生活の中に潜んでいるものである。



<原書のすゝめ>シリーズ(15)

※このシリーズの過去記事はこちら↓



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