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【創作童話】 こぞうと将軍

お城に、若くてとても賢い将軍がいました。

とても賢い将軍でしたので、将軍はいつも老中たちの仕事にも目配り気配りをして、周囲からたいそう有り難がられておりました。

ところが、それをいいことに、ずる賢い老中たちは、争うように自分の仕事を将軍に押しつけ始めたのです。

老中たちは次から次へと仕事をもちこみます。賢い将軍は、次から次へと仕事を片づけながら、こう思っていました。

老中たちはきっと自分を利用しているにちがいない、と。


そこで将軍は老中たちに仕事をさせようとしましたが、いくら仕事を任せても言い訳ばかりでちっとも手を動かさず、いつまでたっても仕事は終わりません。合議を開いても、全員がいっせいに賛成をしたり反対をしたりをするので、話はいつも堂々めぐり。

将軍は、途方にくれてしまいました。

とうとう、疲れ果てた将軍はこっそりと城を抜けだし、村の方へ駆けて行ってしまいました。


さて、村はずれの家には「こぞう」という名の男が一人、住んでおりました。日がな一日花を眺めて暮らしているため、近所の若者たちからは「ハナタレこぞう」とからかわれていました。

ところが、こぞうの方では何を言われても平気で、ただ毎日花を眺め、ときどき草をむしっては食べたりなどして毎日過ごしていました。

そんなこぞうの姿を見た茶屋の娘のお花は、
「まあ、こぞうさんったら。また寝ころんで花と遊んでいるわ」
と、楽しそうにくすくす笑っていつも団子を届けてあげるのでした。


一方、城を飛び出した将軍は、お屋敷の裏の森の中を抜けて村はずれまでやってきました。

すると、川のほとりに寝転んで花を眺めている男を見つけました。将軍が近づいても一向に気づく気配がありません。

そこで将軍のほうから話しかけてみることにしました。

「何をしておる?」
突然声をかけられた男は、驚いて振り返り、

「へえ、花と話しておるので」

と、答えました。

「なに?花と話しておると?花に言葉はしゃべれぬであろう」
「へえ、それがそうでもないのです。こちらがちゃんと聞いてあげれば、花はいろんなことをおしえてくれるもんですよ」

将軍は、おかしな男がいるものだとしばらく首を傾げておりましたが、男が立ち上がると、自分と背格好が似ていることに気がつきました。

「その方、名は何という?」
「へえ、こぞうと申します」
「なに?こぞうだと?そなた、おかしな男だが、名もおかしな男であるな」

こぞうはただニコニコと笑っています。

「どうだ、こぞう。余と入れ替わってみないか?城では何不自由なく暮らせるぞ」

すると、こぞうは初めて困った顔になりました。

「へえ、そう言われましても。今の暮らしで十分でございます」

しかし、将軍も引き下がりません。

「城に行けば、ここにはない花がたくさん見られるぞ。珍しい花を一日中眺めて暮らせるのだがなぁ」

それを聞いたこぞうは、目を丸くしました。

「城に行けばそれらの花を見ることができるのですか?」
「そうだ。しかし、余しか入れぬ所ゆえ、誰でも入れるわけではない」

こぞうはしばらく考えこんでおりましたが、やがて、

「わかりました。将軍と入れ替わることにいたしましょう」

と、言いました。

こうして二人は着物を交換し、将軍に化けたこぞうは城へ、こぞうに化けた将軍は村の方へと向かいました。


城では、将軍がいなくなったので大騒ぎになっていました。そこへひょっこり将軍が戻ってきたものですから、老中たちは大喜び。早速将軍を部屋へ連れていくと、そこには書類が山と積まれており、

「さあさあ、将軍さま、急いでくだされ」

と老中たちが待ちかまえておりました。
こぞうは、将軍から聞いた話と違うので、すっかり面くらってしまいました。

「ワシは花が見たい。花は一体どこにあるのだ?花のところへ案内してくれ」

こぞうが言うと、これを聞いた老中たちは目を丸くしてしまいました。しかし、将軍の命令には逆らえません。賢い将軍の言われることだから、きっと何かお考えがあるのだろうと思い、こぞうの将軍を園芸所へ連れていきました。

「おお!これはすごい!」

こぞうの将軍は花の方へ駆けだしました。
老中たちはしばらくの間将軍のようすを見守っていましたが、将軍は一向に花の側を離れようとしません。しびれを切らした老中たちは、やがてそれぞれに城の中へ戻っていきました。


さて、こぞうに化けた将軍は村の様子が珍しく、あちらこちらを見物しながら歩いておりました。そこへ、太郎と次郎と三郎という三人の若者がやってきて、

「おい、ハナタレこぞうじゃないか。こんなところで何をしている?ジャマだジャマだ!オレたちが通れやしねえ。ハナタレこぞうは端を歩け!」

と、怒鳴りつけました。
「ハナタレこぞう」と呼ばれたうえにジャマものあつかいをされた将軍は、

「ハシを歩いてほしければ、まず橋を作るがよかろう」

と、言い返すなりくるりと背を向けて、さっさとこぞうの家へ向かいはじめました。

太郎たちは驚いてしばらくポカンと口を開けていましたが、ようやく、

「やい、こぞう!ハナタレこぞうのくせに生意気だぞ!」

と怒鳴りました。しかし、その頃にはもう、こぞうに化けた将軍の姿は見えなくなっていました。


さて、こぞうの家にやってきた将軍は、腹がすいていることに気がつきました。そこで、何か食べるものはないかと探してみると、水屋に大小さまざまな壺や甕が並んでいるのを見つけました。

ところが、蓋を開けてみると臭くてとても食べられそうもありません。

「こぞうはこんな不味いものを食っているのか」

と、将軍は顔をしかめました。将軍はとても賢いお方でしたが、料理などは作ったことがありません。ずらりと並んだ甕を前に途方にくれてしまいました。それから数日というもの、将軍は食べるものもなく、することもなく、すっかり弱ってしまいました。


一方、城の中では将軍が毎日花ばかり眺めているというので、またもや大騒ぎになっていました。老中たちは天井まで高くなった書類を見上げて困り果て、

「将軍さまは病にかかられたのではなかろうか」
「いやいや、どこかで転んで頭をぶつけられたのかもしれぬぞ」

と、口々に騒ぎ立てました。
ところが、将軍はまったく気にする様子もなく、相変わらず一日中花を眺めています。

すると、老中たちは、
「このままではまつりごとに障りが出てしまう。将軍さまが政務をおろそかにされるのであれば、わしらがやらねばなるまい」

と、一人、また一人と山の中から自分の書類を抜き出して持ち帰りはじめました。
次の日、町医者が呼ばれましたが、将軍さまにはどこにも病などなく、おケガもされてはおらぬ、

「きっと忙しすぎたのでございましょう。少し外に散歩に出られたらよろしかろう」

と言って、帰っていってしまいました。

そこで老中たちは、将軍を馬に乗せて散歩に出かけることにしました。
ところが、こぞうはこれまで馬というものに乗ったことがありません。おっかなびっくり鞍をまたぐと、馴れない手つきで手綱を取りました。

しばらく行くと馬の方でもいつもとようすが違うことに気がつきました。馬がフフンと鼻面を鳴らして大きく首を振ると、驚いたこぞうの将軍は馬から落ちてしまいました。

慌てた老中たちが将軍の元へ駆け寄ると、こぞうは、少し先にあるあの家へ連れていってくれと頼みました。老中たちには何のことやらわかりませんでしたが、将軍の命令には逆らえません。


そのようすを窓から見ていた将軍は驚きました。見つかっては大変です。そこで、襖を開けて大急ぎで中へ隠れました。

そのとき、表の戸が開いて、こぞうの将軍が中へ入ってきました。そうして、老中の一人に、

「あの甕を取ってくだされ」

と、頼みました。老中は甕を手にとると、将軍のところへ持っていきました。すると、将軍は着物の帯をゆるめて、馬から落ちて打ったところに甕からすくった塊を塗りはじめました。老中たちは、それがあんまり臭いので、みんな家の外へ飛び出してしまいました。

それを襖の隙間からのぞいていた将軍は、

「ははん!甕の中には薬が入っていたのだな!」

と気がつきました。よく見ると、押入れの中には巻物のようなものが積んであります。広げてみると、こぞうが描いた花やら草の絵、効能などが書かれています。

「やや!これは本草学ではないか!」

将軍は、こぞう以外に誰もいないことを襖の隙間から確認すると、襖の奥から出てきました。

「こぞう、城の暮らしはどうであった?」
「これはこれは、将軍さま!珍しい花がたくさんあって、それはもう夢のようでございました。しかしながら、やはりわたくしは野原に寝っ転がって花と遊ぶほうが楽しゅうございます」

それを聞くと将軍は、

「そうかそうか。それではまた入れ替わろうではないか」

と喜び、こぞうも嬉しそうに頷きました。
そこで二人はまた着物を交換し、将軍は将軍に、こぞうはこぞうに戻りました。

将軍が帰ろうとすると、こぞうは少し寂しそうな顔をしていました。

「どうしたのだ?」
「へえ、お城にあったあの花たちともう会えぬかと思うと少しばかり寂しゅうございます」

しかし、それを聞いても将軍はもう何も言わず、ケガをしたフリをしながらカゴに乗って、老中たちとともに城へ帰って行ってしまいました。

城へ戻った将軍は、書類がきれいに片付いていることに驚きました。そして、どうやら老中たちが仕事をしたらしいと気がつくと、一人で笑い出しました。老中たちは、将軍はおかしくなったのかと慌てましたが、将軍は笑いが止まりません。


翌日、将軍が命令を出しました。
そこには、「村にいる『こぞう』という者を園芸所の所長に任ずる」と書かれていました。


こうして、こぞうは好きなだけ将軍の花を観察し、好きなときに本草所で薬をこしらえました。

一方、老中たちは、また将軍がおかしくなっては大変とばかりに、これ以後将軍へ仕事を押し付けることはなくなりました。


ーおしまいー


* * *


ウミネコ文庫さんの童話作品募集企画は、とても大反響のうちに締め切られたようです。どんな作品が収められているのか、書籍化まで楽しみにお待ちしたいと思います。(もちろんnoteでも読めます)


さて、本作は応募作品ではありませんが、こちらの作品を応募したときにジェーンさんからとても面白いコメントをいただきました。


ー今朝タイトルをチラッと見たら「あばれんぼう」に見えまして💦 …将軍か?Ryéさんは将軍の童話を書かれたのだな?と早とちりしましたー

この「…将軍か?」という鍼は、私の脇腹の笑点に直撃し、この日以来ところ構わず思い出しては顔がニヤけるという経絡のツボが刺激されっぱなしになってしまったのでした。

このままでは道を歩いているときに警察から職務質問をされてしまうに違いない、と心配でいつも怖い顔をして歩いていたのですが、そのとき突然思いついたのです。
「…将軍か?」の鍼をとるには「将軍です」と答えればよいのだということを。

ウミネコ文庫さんへの応募作品の中で、どなたかが「白童話」、「黒童話」の話をしておられました。

これは名案です。子どもの頃に夢を描いた白童話、大人になって現実に敗れた夢を描いた黒童話。そして、「…将軍か?」の笑点への鍼。
そんなことをグルグルと考えているうちに将軍の童話を作ることを思いついたのでした。


童話というのは、実に奥深いものだということに気付かされた今回の企画。改めてウミネコ制作委員会さまに感謝するとともに、そんなよこしまな考えで生まれた本作をお届けしたところで、本日の笑点、これにてお開きといたします。



【創作童話】その2『こぞうと将軍』


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