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原書のすゝめ:#8 Le Noël de Nicolas

フランス語を原書で読もう!

というテーマがあると、十中八九『星の王子さま』がベスト1に上がるのではないかと思う。
サン=テグジュペリの子どもが描いたようなデッサンと一見平易に見えるフランス語に、誰もが初心者でも読めそうな錯覚を覚えてしまうのではないか。

たしかに、フランス語自体はそれほど難しくはないかもしれないが、それでも中級者以上向けではないかと個人的には思っている。ついでに、この作品は語学のレベルより内容を理解する方が難しい。すでに邦訳を読んで内容を知っており、『星の王子さま』の世界観が好きだという人であれば、原書が初めてという方でもおそらく楽しめる。あるいは、『星の王子さま』を原書で読むための教材もいろいろ出ているので、こうした教本を使えば問題はないかもしれない。

しかし、フランス語の原書といえば『Le Petit Prince』でしょう、という一問一答には正直なところ疑問を感じる。などと言っている私も、実は日・仏・西語で3冊持っている。誕生日プレゼントに貰ったスペイン語は、そのうち読もうと思いながらまだ読めていないけれども。

薄い本なのに内容は深くて重く、平易なフランス語なのに内容は難解という、非常にトリッキーな作品なのだ。少なくとも私にはそう思えた。この作品は名作であり、決して“Petit”ではない。


そこで、同じPetitでもおすすめしたい原書が、『Petit Nicolas プチ・ニコラ』シリーズである。

『プチ・ニコラ』はフランス人なら誰でも知っている国民的キャラクターで、邦訳は2016年に偕成社文庫で出版されたが、2020年に世界文化社から再出版されている。フランスでは初版から50年以上も親しまれている児童書である。

この作品は、二コラを中心とするわんぱく仲間たちが繰り広げるユーモアたっぷりのエピソードが満載だ。大人も子供も楽しめるRené Goscinny ルネ・ゴシネの軽妙な語り口と、Sempé サンペのイラストがとても愉快で、そして可愛らしい。

今回のエピソードは、クリスマスに合わせて選んでみた。


Le Noël de Nicolas

Ce soir, on fait un réveillon à la maison. Papa et maman ont invité un tas de leurs amis ; il y aura M. Blédurt, qui est notre voisin, et Mme Blédurt, qui est la femme de notre voisin et qui est bien gentille, il y aura aussi le papa et la maman d'Alceste, un copain de l'école qui est gros et qui mange tout le temps, il y aura d'autres gens que je connais pas et mémé et ça va être terrible.

ニコラのクリスマス

今夜は、ぼくの家でレヴェイヨンをやるんだよ。パパとママが、友だちをたくさん招待したんだ。近所のブレデュールさんと、奥さんが来る。ブレデュールさんの奥さんはとっても親切なんだ。それから、アルセストのパパとママも。アルセストは学校の友だちで、太っちょで、四六時中何か食べてる。ぼくの知らない人たちやおばあちゃんも来るんだよ。すごいことになるだろうな。
(日本語は拙訳。多分こんな感じ…だと思う。)



レヴェイヨンというのは、フランスの家庭でクリスマス・イヴや大晦日の夜にいただく晩餐のことである。私は実際に体験したことがないので具体的に説明することはできないが、イギリスやフランス(おそらくヨーロッパ諸国全て)では、クリスマスは家族とともに過ごすのが一般的である。

ロンドンから帰国する日がちょうどクリスマスの日で、地下鉄は運休、おまけに市内の店はどこも閉店。空港バスが出る時間までやむなくホテルのロビーで待機する羽目になったことがある。外は雪で真っ白、まさにホワイトクリスマスだった。こんなロマンティックな日に、ホテルのロビーでじっとしているのはつまらない。どこか開いているカフェでもないかと探しに出かけたが、人気ない通りを歩いているのは私だけで、なんだか『クリスマス・キャロル』のスクルージのような、すっかり惨めな気分になってしまった。ただ一人すれ違った青年が、「メリー・クリスマス」と声をかけてくれて、救われた気持ちになったのを覚えている。

20年近く前の話なので、いまでは事情が違っているかもしれない。

一方、二コラの家では、これからクリスマスの準備が始まる。


Dès ce matin, papa a commencé les préparatifs, maman lui a dit qu'il aurait dû s'y prendre plus tôt, mais papa a dit qu'il allait très bien se débrouiller et qu'il savait ce ce qu'il faisait et il a pris la voiture pour aller acheter l'abre de Noël où on va accrocher les cadeaux des grands personnes, parce que pour moi, les cadeaux, c'est le Père Noël qui vient me les mettre dans les chaussures qui sont devant le radiateur de ma chambre à coucher : nous, on n'a pas de cheminée.

あさ一番に、パパは準備を始めた。ママはもっと早くやらなきゃとダメよと言ったけど、パパはちゃんとやれるから大丈夫、やることもわかってるさと言って、もみの木を買いに車で出かけた。もみの木には、大人用のプレゼントをぶら下げるんだ。ぼくのは、寝室のヒーターの前に置いた靴の中にサンタさんが入れてくれるからね。ぼくの家には煙突がないんだもの。


< ニコラ、ヒーターの前に靴を置く >

このエピソードは、残念ながら邦訳が出ておらず、やむを得ず拙訳での紹介になってしまった。さらなる誤謬を避けるため、以下は簡単なあらすじを紹介しようと思う。

* * *

さて、モミの木を買い出かけたパパだが、車が故障してしまい、帰りはバスに乗ることになった。ところが、バスの中はすでにモミの木を持ったおじさん達で満員、モミの木とともに揉みくちゃになる。結局パパは歩いて帰ってきた。ほうほうの体で帰宅すると、パパはニコラと一緒に飾り付けを始める。しかし、電飾のコードが絡まり、電球も切れている。電球を替えてコードを解き、ようやく飾り付けが終わると、ママから食卓を広げてちょうだいと頼まれる。円卓の両端を引っ張るとテーブルが伸長する仕組みになっているのだが、一人では作業ができない。そこで近所のブレデュールさんに頼もうとしたのだが、ちょうど訪ねてきたブレデュールさんと玄関で鉢合わせになる。パパが用件を尋ねると、「何か手伝おうかと思ってね」とブレデュールさんが答えた。ブレデュールさんはいつもパパを揶揄からかうので、この答えがパパには気に入らない。「手伝いなんか要らない」と意地を張るパパに、ニコラが「テーブルを大きくするのを手伝ってもらったら?」と横から口を出す。パパは「一人でできる」とおかんむり。これを聞いたブレデュールさんは大笑い。パパの意地っ張りがおかしくてしょうがないのだ。

すると今度は、「ブレデュールさんに頼みに行ったら?きっと手伝ってくれるわよ」と奥の台所からママが大きな声で叫んだ。ブレデュールさんは笑いが止まらない。パパはむっつり怒ったまま、結局ブレデュールさんに手伝いを頼むことに。ところが、二人がかりで両端から引っ張ってもなかなか天板が外れない。力いっぱい引っ張って、ようやく伸びたと思ったら、勢い余ったパパはクリスマスツリーを倒してしまう。ブレデュールさんはまたまた大爆笑。

< テーブルは広がったけど…>


そんなこんなでドタバタ劇が続いていくのだが、最後はやはりパパ、ちゃんと晩餐の時間に間に合ったのである。でも、すっかり疲れ果てたパパは、招待客が到着する前に寝てしまう。

この後のニコラの語りがとてもかわいらしい。

パパはお客さんが来る前に寝ちゃったんだ。でも大丈夫。ぼくは、パパの靴もちゃんとヒーターの前に置いておいたから、サンタさんはきっと素敵なプレゼントくれると思うよ。


なんとも微笑ましいラストである。

『プチ・ニコラ』の話は、どれも10ページ程度と短く、面白い話が盛り沢山なので、読むのが楽しい。ひと昔前のフランスの生活も垣間見ることができる。


2022年は、ジャン=ポール・ベルモンドやジャン=リュック・ゴダール、ジャン=ルイ・トランティニャンなどフランスを代表する著名人の死去が相次いだが、New YorkerやParis Matchの表紙も飾ったこのジャン=ジャック・サンペもまた、8月11日、89歳でこの世を去った。

フランスの一つの時代が終わったような気がして、なんとなく寂しい。

もう一度この作品を読み返して、ほっこりした気分になってみるか。未読の方は、他の邦訳でもよいのでぜひ手にとってみてほしい。クリスマスプレゼントにもおすすめだ。

それでは、Joyeux Noëlメリークリスマス!

<原書のすゝめ>シリーズ(8)

※<原書のすゝめ>シリーズのコンセプトはこちらの記事をご覧ください。


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