企業法務の在り方 Part.03 - リスク管理能力を伸ばした法務が会社を助ける -

 企業法務の業務範囲はとても広いです。専門性の高い業務や、幅広い知識と深めの経験値を求められる業務など様々です。そのような状況の中で、企業法務の皆さんは会社、役員、部門・部署、従業員の方々からの要請・依頼に十分に応えられるかどうか。いろいろな角度を通して、皆さんの会社それぞれの企業法務の在り方を確認してみましょう。

 今回は、リスク管理と法務の関係について考えてみたいと思います。



企業法務に必要な「リスク管理」の観点・側面

 法務の皆さんは、法務業務を行う際にどの程度リスク管理のことを踏まえていらっしゃいますか?例えば、契約書のレビューのときを思い出してください。


<総務担当から事務所の建物賃貸借契約書が回付されてきたケース>

 会社(事務所)が移転するとき、その移転先の建物(貸室)賃貸借契約書を締結します。総務担当から、この契約書の締結に関する稟議申請をするために、法務にレビュー依頼があった、というケースです。

 このとき、法務の皆さんは何を考え、どのような見方でレビューを行いますか?

<レビューポイント例>

  • 建物賃貸借契約書は、国交省フォーマット等で標準化されていることを踏まえてレビューする。

  • 「定期賃貸借」なのか「普通賃貸借」なのかを確認し、それを踏まえてレビューする。

  • 定期/普通に関わらず、まずは解約条項を確認する。

  • 保証金/敷金の金額の計算式を確認する。

  • この契約に加えて「重要事項説明書」の所在と当該重要事項説明時の状況をヒアリングする。(全ての事項の説明を受けたか。省略した事項が無いか、など)

  • 当該移転先建物の不動産登記簿謄本の内容確認  など


 上のものは典型的なレビューポイントの一部ですので、これ以外にもたくさん挙げていらっしゃるかと思います。

 では、法務は契約書をレビューする際に、何を考えますか?
 法務の皆さんは、契約書及び各条項が法に抵触していないことをメインに考えたり、無意識に「当社にとって、不利な条項は無いか?」ということをお考えになっていると思います。その考えは、法的な見方があるのと同時に、リスク管理の側面の考えもあるでしょう。このように、法務の皆さんの頭の中ではリスク管理の観点があるのですが、これをいざレビュー依頼元にレビュー結果を報告する際に、リスク管理の観点の問題点を法務の観点を踏まえた形に言い換えられずコメントできない、というケースが多いかもしれません。
 ちなみに、法務は契約書を法的な観点だけでレビューするようなことはしないでください。もし、そのようなレビューであれば、専門分野の弁護士か契約書AIチェックサービスで充分です。しかし企業法務は、法的な観点以外に、当社の内情やそのときの事情・背景など、本来契約締結において契約当事者が十分に検討しなければならない内容を事前に知り、それを踏まえたレビューとアドバイスができます。そのような事情・背景を踏まえてレビューとアドバイスができるからこそ、企業法務の存在が必要で、その企業法務は「人間」である必要があるのです。



「リスク嗅ぎ分け力」を養って、リスク管理能力を上げる

 法務は、リスク管理担当部門ではありません。ですから、日頃自ら進んで会社のリスクを探すようなことはしません。それに、個々の業務に関する具体的で些細なリスクを探し出すことは難しいです。ただし、日頃の法務業務や他部門・同僚との何気無い会話等から気付く/気になることがあったら、それを「リスク嗅ぎ分け力」で判断してみてください。

 例えば、他部門の同僚との会話で「最近、ウチの部門・部署は残業(時間外労働)が多いんだよねぇ」と聞いたとしましょう。


<事例>

他部門の同僚との会話で、「最近、ウチの部門・部署は残業(時間外労働)が多いんだよねぇ」と聞いた。


<法務のリスク嗅ぎ分け力>

  1. A部門は残業が多い傾向である(何気無い会話から)

  2. その残業増の傾向は、特定の人物か、部門・部署全体か?

  3. 当社の時間外労働手当の計算に関する定めを、就業規則・賃金規程で確認する。

  4. 直近の労働関係法令改正状況を確認し、当社の就業規則・賃金規程の改訂状況を確認する。
    (*2023年04月より、月60時間超割増率引き上げは中小企業にも適用されます。これに伴い、就業規則等で割増賃金の計算方法等の記載を改訂する必要があります。)


<嗅ぎ分け後の法務の具体的な業務として>

  1. もし、当社の就業規則・賃金規程が現行の法令に合わせた改訂をしていない状況であれば、改訂を促すために規程管理部門に連絡する必要がある。

  2. 現状で使用している雇用契約書を入手して、もし、雇用契約書に給与に関する条項で労働関連法令に抵触するような文言の記載があれば、雛形を改訂する(準備を進める)。

  3. 各部門責任者に対して、時間外労働に関する管理状況確認と勤怠管理ルールの再確認を連絡し、勤怠管理リスクが労働関係事案(労働審判、労基署による調査等)にエスカレーションしないように啓蒙するよう、所管部門に連絡する。


 上の具体的な業務については、法務の皆さんが法務業務の一環として行える業務の例です。これがリスク管理の立場であればもう少し違った内容になりますが、あくまで法務は、コンプライアンス(法令遵守)の立場で業務を行うので、各法令の定めを踏まえたポイントに絞ったかたちになります。

 法務のリスク嗅ぎ分け力と言っても、法務は「秘密警察」ではありませんので、常日頃から情報収集に当たる必要はありません。普段の何気無く業務を行い、同僚等と会話するなどの中で、どれだけ「気付く」か?だと考えます。そういう意味では、法務も内部監査もリスク管理担当も、気づき力が大いに大切です。(以前の記事「" 発生事実(不祥事) " が発生しない上場会社の内部監査 Part. 04 - 内部監査とリスク管理は「静かな人」 -」参照)
 この気づき力を持ったうえで、リスク嗅ぎ分け力を養います。

 気づき力を持ち始めると、その気付いた時点ですべての気づきがリスクに思えてしまうことが多いです。そのため、「リスクであることを説明できること」が必要であることから、ちゃんとリスクを嗅ぎ分ける力が必要なのです。そして、その嗅ぎ分けたうえでのリスクを影響度のレベル分けまでを行うことができたら、ほんとうに素晴らしい法務担当だと考えます。これらを踏まえて、法務として会社のリスクを必要に応じて低減できる、リスク・コントロールの達人になることができたら最高ですね。



ただし、法務はリスク管理担当にはなれません!

 今回ご紹介したのは、企業法務に必要なリスク管理の観点・側面です。ただし、法務はリスク管理担当にはなれません。その理由は、IIA(内部監査協会)2020年07月公表の「IIAの3ラインモデル」にあります。とてもわかりやすい内容ですので、ぜひご参照ください。
(*これは以前「3つのディフェンスライン」の表題でしたが、改訂されました)

 この3つのラインモデルを見ると、法務は1線(*業務とリスクを管理するために、適切な構造とプロセスを確立して維持する役割)であり、リスク管理は2線(*リスクの管理に関連する問題のモニタリング、助言、指導、テスト、分析、および報告を行う役割)または、若干3線(経営層から独立性を持った監査部門)に近い役割です。このように、業務の実態として大きな違いがありますし、会社の業務分掌から見ても、業務の責任と権限がだいぶ違います。法務とリスク管理は組織、責任と権限そして実務の内容からみて、兼務するのは現実的ではありませんし、効果的では無いようです。しかし会社としても、法務とリスク管理をそれぞれ部門・部署として立ち上げ、そこに人員を配置するのが難しいのも現実です。そこで、具体的にどのように会社がリスク管理をすれば良いかということについては、以前の記事「IPO準備/上場会社でひと工夫 Part.03 - J-SOXはリスク・コントロールがカギ -」にご紹介しておりますので、ご参照ください。



リスク管理能力を伸ばした法務が会社を助ける

 法務の皆さんには、日頃の法務業務においてリスク管理の観点を持ち、常にリスク嗅ぎ分け力を養ってリスク管理能力を伸ばしていただくことをお勧めします。上でご紹介したとおり、法務は組織・業務として兼務兼職することが難しいですが、日頃の法務業務に必要な能力であることは確かなことです。法務業務のなかでリスク管理能力を養い、伸ばしていくことによって、会社全体を俯瞰しながら個々の法務タスクにあたることができます。これができる法務担当は、会社・部門・部署・従業員にとって非常に貴重で心強い存在となります。

 部門・部署・従業員は、会社の業績向上のためにそれぞれ役割を分担しています。その中でリスクについていつも対応できるわけではありません。またビジネスですから、業務上多少のリスクを承知のうえで受け入れることもあるでしょう。そのとき、会社全体を俯瞰しそのうえで的確なアドバイスができる法務、いつでもリスクに関する相談ができる法務が会社にいて欲しいものです。その期待に、法務の皆さんはどのように応えられますか。その期待の内容、度合いは会社によって様々ですが、ぜひその期待に応えられるように、リスク管理能力を伸ばしていきましょう。私も応援します。

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